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柿農園の日々

乾燥芋に色を塗ってる? なんて言われた

 大田原ツーリズム社のツアー客を受け入れを初めて以来、民宿の集客に精魂を傾けてきたが、昨年末から我が家の目標とするものがちょっと変わった感がある。

 というのは農作物の出荷先が決まったからである。

 私がこの地に来て以来、ずっと出荷先を探していたのだが、我が家が那珂川町の外れであることが主な要因で、どこの直売所に行っても地区外として断られてしまった。それが相方が以前一緒に仕事をしたことがある女性がパートをしている直売所に立ち寄ったことがきっかけで、急遽そこに出荷できるようになったのだ。

 ちょうど干し柿があり、乾燥芋を作り始めていたときだったので、それを出してみたのだが、干し柿も乾燥芋も加工食品ということで届が必要だという。すぐに保健所に出向いた。審査か検査があるのかと思ったが、ただ注意事項が記されているパンフレットを渡され、口頭で注意事項を説明されたのと、書類一枚に住所氏名などを書いて提出しただけで済んでしまった。

 干し柿も乾燥芋も出したものは数日で全て売れてしまうことが分かった。大根やカブ、水菜などの葉物なども出してみたが、これらはあまり売れなかったので、当面は乾燥芋と干し柿を主として出荷することに決めたのである。

 出したものは全て売れたので、結構な収入になり、今後の計算がたつことになった。予測不可能な民宿の集客に躍起にならなくともよくなったのである。これは気楽だ。我が農園には4haもの土地があるのだから、本来生業のメインは農業であるべきだったのだ、とおもう。
 出荷し始めて必ずや何かしら問題が出てくるだろうと予測していたが、案の定三つクレームがあった。一つは切り干し大根に干しシイタケを混ぜたものに苦情があった。シイタケ栽培農家かららしい。シイタケを出荷している相方の妹さんから大量のシイタケを頂いたものだった。文句をつけた人は、我が家でシイタケを売ると自分のものに影響する、要するに自分のものが売れなくなる恐れがあると思ったのだろう。直売所側ではその苦情をを受け入れ、今後は混ぜないで、干し大根は干し大根だけで、シイタケはシイタケとして出してください、という。消費者によっては混ぜたものが欲しいという人もいるだろうに、とおもったが、出荷始めて間もないので、おとなしく引き下がることにした。

 もう一つは乾燥芋についてである。我が家では最初350gを300円でだしたのだが、やはり乾燥芋を出している高齢女性が相方に、

――うちは250gを300円にしている、お宅のは安すぎるわ

 と言ったという。うちのがよく売れるので妬んだのだろう。面倒なので、同じ300円はやめにして、以後は500g を500円で出すことにした。これでもよく売れることは続いた。そのうち我が家の乾燥芋がよく売れるわけが分かった。

 直売所のパートの複数のレジの女性が、相方に、

――お宅の乾燥芋を名指しで、買いに来られる方がいるわ

 と言った。

 クレームの極め付きは、相方が乾燥芋を売り場に並べていると、同じ乾燥芋を出荷に来た別の高齢女性に、

――お宅の乾燥芋、色がいいから、色を塗ってだしているんじゃないのかって、皆で言っていたのよ

 と言われたという。

――とんでもない、色なんか塗らないわよ

 言われてみて、改めて並べられている他の乾燥芋と比べてみると、我が家のは透き通るような上品な、いかにも美味しそうな黄色である。他のはそう言っては申し訳がないが、鼠色のや黒味がかったのや、黄色でもくすんだものや、で、我が家のような鮮やかさがないのである。

 我が家の乾燥芋の売れ行きがいいのを妬み心から、色を塗っているのかなどと難癖をつけたのだろうが、名指しに買いにくるというのは色がいいからというよりも美味しいからだろう、とおもう。

 相方はつづけて、

――うちでは無農薬で有機肥料をたっぷり入れて育てているから、色がいいのよ、色を塗るなんてとんでもありません

 すると、くだんの高齢女性は、不思議そうに、

――へえ、肥料なんて入れてるの

――そうよ、油粕、米糠、牛糞、それに木の葉の堆肥もたっぷり入れてるわ

――そうなの、サツマイモ大きくなりすぎるから肥料は入れない方がいいっていわれてるから、うちでは入れないわ

――あら、そう

 相方はなるほど肥料をやらないからその高齢女性の乾燥芋は黒ずんだような色をしているんだと納得したが、それ以上は何も言わずに直売所を後にした。

 私は肥料を入れない方がいいなんて、変なことを言うなあ、とおもい、ネットで調べてみた。

 サツマイモは痩せた土地でも育つという記述はあったが、農林水産省のホームページのサツマイモ栽培の方法を見ると、肥料は化成肥料なら窒素、リン酸、カリの割合が1:10:10のもの、または家畜の堆肥でもいいとあった。要するに肥料をやらない方がいいとはどこにも書いていなかった。

 相方によると、この地域ではサツマイモは痩せた土地の方がいいとか、肥料をやると甘味がなくなってしまう、と昔言われたことがあって、高齢女性はそれが頭にこびりついてしまっているのではないか、という。どうやらそういった風評をいまだに信じている人が多いのかもしれない。

 今の時代は農協で指導を受けるとか、ちょっとネットで調べれば分かることなのに、昔ながらの間違った情報を鵜呑みにして、学習しようとしない人が多いということなのだろう。
 
 そして問題なのが、こういった人のやっかみ妬む心である。

 くだんの高齢女性の、我が家の乾燥芋は色を塗っているんじゃないか、という言葉の裏にあるのは、我が家が乾燥芋に色を塗るという悪事を働いてよく売れるようにしている、ということである。難癖をつけて我が家を貶めようとする下心が透けて見える。

 私はおもう。どうしてこういう人は、

――いい色ですね、そんな色になるのはどんな育て方をしているんですか

 とか、

――おいしそうな色ですね、素晴らしいわ

 と、褒めたり、肯定したりできないのだろうか、と。

 先のシイタケ農家にしてもしかり、

――切り干し大根にシイタケを混ぜればおいしいかもしれないですね
 とか、

――調理の手間が省けていいかも

 という言い方をすればその人の品格が上がるとおもうのだが・・・

 ともあれ、この問題は我が家を名指しで買いに来る人が何人もあったということで、勝負がついたといえるだろう。もし、品質が悪いものだったら名指ししてまで買いにはこないに違いないからである。美味しいからこそよく売れるのだ。適切な肥料を施し、愛情をこめて栽培しているからこそ美味しいサツマイモが育つし、色のよい乾燥芋が作れるのである。

 クレームがあろうがなかろうが、我が家はきちんと会員費を払い会員になったのである。何を言われようが気にせず誇りを持って堂々と出荷しよう、と二人で確認し合ったものだった。

2019年02月12日

仕事を続けられる幸せ

 農産物を出荷できるところを5、6年前から探していたのだが、2度断られてから半ばあきらめていた。一つは比較的近い大田原市佐久山の直売所、もう一つは那珂川町の公的な直売所である。どちらも要するに新参者排除の論理で、ここは地区の人が出荷するところだからダメ、というのだった。大田原市佐久山の直売所はともかくも、那珂川町町営の直売所が地区の人が出荷するところだからという理由で同じ町の住民の出荷を排除するとは、と私は呆れてしまった。既得権益を守ろうとする田舎特有の偏狭な理屈で、だから田舎は発展しないんだとおもい、以来私の出荷の意欲は減退してしまい、当たってみるべきところは他にも複数あったのだが、出向いてみる気にはなれなかった。

 それがどうして「ゆうゆう直売所」に出荷することになったのかーー

 交渉したのは私ではなく相方だったのである。相方が言うにはほんの偶然が幸いしたのだった。

 その日、争うことなどあまりない二人がめずらしく農作業の手順を巡って言い合いになった。感情的になった私が強い言葉を放ってしまったのである。気まずい雰囲気になり、私は後悔したが遅かった。彼女はくさくさした気分で車に乗り込んだ。私と言い争いなどしなければ決してそんな気にならなかったわと後で述懐したものだが、昔縫製工場で一緒に働いたことがある知人女性を思い出し、その知人女性がパートをしている「ゆうゆう直売所」に立ち寄ったのである。何が幸いするか分からないものだ。そこで世間話をしているうちに、その女性に野菜を出してみたら、と勧められたのだった。聞くと、そこに出荷していた高齢者が亡くなったり、出荷できなくなって「空き」が二つ出来たという。出荷する会員権は一万円で購入できるというので、その場で支払い会員になったのである。東京の会社でバーコードを作ってもらうので、出来次第出荷できると言われて帰ってきたのだった。

 出荷し始めて、初日二日目は半分ぐらいが売れたのが、先日行ってみると、干し柿や乾燥芋がその後出したものも含めて完売していた。アロエベラはあまり売れていないが、別のルートで売れている。

 農家民宿の宣伝うたい文句として、「農業収穫体験」と「田舎料理」を掲げている関係上、これまでやってきた三倍ぐらいの規模で農作物を作ることにしたものの、高齢者の域に達している二人にはこんなに増やしては無理だから、来年は半分に縮小しようと話していた矢先だった。

 例えばサツマイモは昨年は二つ穴を掘って保存したのだが、今年はその保存のための穴が五つに増えていた。こんなに保存してもふたりでは食べられないしどうしたものか思案していたのだ。それが乾燥芋にして出荷できることになったのだから分からないものである。

――いっぱい作っておいてよかったねえ

 と二人で言い合った。

 柿は植苗してから六年目の今年、100本中80本が実をつけた。これもどうするかあてもなく、ただ知人に進呈するだけだったのが、ある知り合いが一個50円で100個買ってくれたのだ。それが呼び水になったのか、出荷がかない、干し柿にして6個500円、5個だと450円で10箱並べると数日で完売することが分かったのである。多分来年は100本の柿全部が実をつけると思うし、柿の木自体が大きくなるので、付ける実の数も増えるはずである。それを干し柿にして出荷できるわけだから、希望が大きく膨らむおもいなのだ。

 ここ一年程民宿の宿泊客拡大に向けていろいろやったきたが、なかなか上手くいかなかった。それが農作物の出荷である程度の収入が見込めることで、宿泊客がなくともどうにかなると見通しがたったことになる。

――お客さんの対応は気疲れするし、料理のメニューを考えるのも一苦労、買い出しして料理を作るのはかなりの負担、民宿なんて大変でやる気になれない、という人が多いわけはやってみてわかったわ

 と、相方が言う。

 確かに、五月の連休のときは四日連続でお客さんが入ってしまい、てんてこ舞い疲労困憊した。これは無理だなと判断し、朝食のみか食事無しの素泊まりに舵を切ったのである。

 まあ、直売所に農産物を出荷するのだっていろいろな問題が出てくるだろうが、それらをひとつひとつクリアしていけばいい。民宿よりは気楽かもしれないともおもう。民宿だって、これまでに二組だけだが素泊まり客が入った。これだと客対応は格段に楽だし、布団の上げ下ろし、シーツ類の洗濯と布団干しをやるだけでいいのである。
 
 ともあれ、干し柿は完売して残っていないので、ここのところ乾燥芋作りに専念している。雑木林で枯れ木を集め、チェーンソーで適度な長さに切って一輪車で竈の小屋まで運ぶ、サツマイモを保存穴から出してやはり一輪車で運び、頭と尻尾の部分を包丁で切る、それをふかし鍋に入れて、竈で煮るのである。

 やはりそれなりの手間はかかるのだが、枯れ木をチェーンソーで切るにしても、竈の下に入れて燃やすにしても、私にとっては新鮮で楽しいのだ。

 チェーンソー操作は危険と隣り合わせの力業で男の仕事という感じだ。それに燃える太木の炎は太古の昔や祖先を回顧するような懐かしさ感じさせる。だから火を燃やす作業は子供の頃から好きだったのだ。

 燃やし木を窯に入れ炎を眺めながら、乾燥芋作りの作業をやれる幸せを感じる。直売所のパートさんに乾燥芋を進呈しところ、それをお客さんに食べてもらったところ美味しいといい、これはどの商品ですかと聞かれたので、小口さんのですと伝えるとその場で2箱買って帰

ったという。

――ガスで煮るのではなく、薪でしかも二時間以上ふかし窯でじっくりふかすのだから美味しいのよ、それに水はけのいい斜面の畑で牛糞、米糠、油粕などの有機肥料で育てた芋だもの、出来上がりが違うとおもうの

 と相方が言う。

 出荷農家の多くが高齢者である。いままで出荷していた人が亡くなったり、病気になったり、施設に入ったりで、出荷できなくなっているという。そういってはなんだが、そのおかげで我が家にチャンスが巡ってきたともいえる。私たち二人だって高齢者なのだが、二人ともまだまだ元気である。これが元気で健康でなかったら、出荷は出来ない。健康よありがとう、である。

 聞くと私たち二人よりも年下なのに、脳梗塞とか癌を患い出荷できなくなったというケースがあるいう。

 健康になるには、身体の健康と心の健康二つとも揃わないと本当の健康にはなれない。

 体の健康には栄養のバランスのとれた食事をする、そして、特に大切なのは47種類の必須微量栄養素をそのうちの一つでも欠けないように摂ることなのだ。

 心の健康は、常に前向きに生き、愚痴やマイナスの言葉を口にしないことである。そうすれば健康に重要な鍵を握っている潜在意識をきれいに保つことができるからである。

 私も相方もこの二つのことを常に意識している。二人が元気な由縁である。

2019年01月28日

運気が上向きのわけ


 私は毎日、次のような言葉を口の中でつぶやいている。一つ二つのこともあれば、その全部をつぶやくこともある。

――強く、清く、正しく、気高く、美しく
――明るく、楽しく、朗らかに
――愛、感謝、歓び、希望
――ついてる、嬉しい、楽しい
――ありがとう、愛してます、ごめんなさい、許してください
――日々あらゆる面で、私はますます良くなっている

 特に、夜眠る前に口の中で言うことを大切にしている。

 前二つは中村天風(哲学者)の言葉、三つめは私の生活信条、四つ目は斎藤一人(何度も日本一の高額納税者になった実業家)が常々口にしているという言葉、五つ目はハワイのオポノポノの言葉で、これを口にしているだけで幸福や成功が約束されるという、六つ目は心理学者で哲学者であるエミール・クーエの言葉である。

 冬が到来し、雑草との格闘が一段落し、来年のキャンプの季節に向けて、キャンプ場の整備を始めた。

――美しい田園風景が見下ろせるファミリーキャンプ場を開設しました

 というのが我がホームページ「柿農園」でのうたい文句なのだが、観光地のようなくっきりとした紅葉ではないものの、キャンプ場設置の丘の上で前に拡がる山並の鮮やかな紅葉を見下ろし、充実と高揚を感じながら木の間伐作業をしている。こんなきれいな環境で生活できるなんて、感謝だなあ、とおもわず一人ごちる。

 ところで最近おもいもかけない出来事があった。

 今まで田んぼの米作りを頼んでいた農家の主が突然訪れたのだ。相方が玄関の外で応対したのだが、軽トラックのエンジン音が遠ざかるやいなや、

――ねえ、大変だわ

 と、いう声がして、二階に相方が上がってきた。

――○○さん、もう米作りやれない、っていうのよ

――ええーっ

――困ったわ、どうしたらいいかしら

――うーん、やれないっていうのをやれとは言えない、仕方ないんじゃないか、他をあたってみて、やってくれる人がいなければ米作りはやめると決めればいい

――そうねえ

 聞くと、親がもう二年も入院中、本人も最近とみに足腰が痛い、加えて奥さんも同様でことに米の苗つくりが大変でもう他の家の分までは作りたくないと言い出したのだという。

――○○さん確か六十ぐらいだよね、まだ高齢とは言えないな

――今まではお子さんを三人も大学に入れて経済的に大変だったのが皆卒業して働きだしたから、余裕が出、もうそんなに苦労して稼ぐことはない、と考えたのかもね

 我が家の田んぼは70aしかない。米作り小農家なのだ。毎年30kg袋が120体前後しか獲れない。30kgが6500円として、約66万円にしかならないのだ。

 自分で米作りをするのにはトラクター3~500万円、コンバインも同じぐらい、もみすり機数百万円、軽トラック100万円、要するに1000万円程度は最低必要なのだ。つまり、自分で作ってはとても採算がとれないのである。だから、機械をもっている他の大きな農家に頼んでいるのだが、用水分担金や肥料金などを合わせると米出荷代と同等になってしまい、作ってもへたをすると赤字になるのである。それなのに何故作るのか。それは作らなければ土地が荒れるし、周りにも迷惑がかかるからなのだ。

 この地域に限らず近隣の地区でも、荒れた田んぼをよく見かける。高齢化と国の大農家優先の政策もあって、米作りをやめる農家が多くなっているのである。二人で話し合い、引き受け手がいなくなったのだから、これを潮時に米作りはやめる方向で検討しようということになった。

 その後、まほろば温泉のそばにある農産物直売所「ゆうゆう直売所」に出向いた。最近相方がここに農産物を出荷できるように登録をしておいたのだった。何年もどこか出荷できないか探していたのだが、どこも断られてしまい、やっと念願がかなったのである。

 商品の包装、値段の付け方、店頭での並べ方、分からないことだらけで、不安を抱いての初出荷だった。しかし、案ずるよりも産むがやすし、である。包装は用意していったもので不都合はなく、値段は他の人が出した同じ商品を見習えばよく、バーコードは店員がその場で作成してくれ、並べ方は空いているところに他の商品を見習えばいいのだった。

 今回は六個入り干し柿のパック500円を五つ、300gの乾燥芋250円を六つ、展示した。結果的に、干し柿4パック、乾燥芋1パック売れたことが分かった。次の日はあまり売れなかった乾燥芋は200円に値下げして並べ、新たにアロエベラ250円を10枚と200円のを4枚ならべた。試しにと持って行った大きなカブ100円を2個並べたところ、すぐに中年の男性が2個とも買ったので、私はおもわず笑ってしまった。

 店頭で様子を見ていると、どうやら葉ものはよく売れるようなので、次はほうれん草や春菊、水菜などを並べてみようと話し合った。

 かくて、農産物の初出荷は上々の滑り出しと言えそうである。店員はパートで毎日代わるらしいが、どの人も親切で、いろいろトラブルがあると聞いて懸念を抱いていたのが、どうということはなく何とかなりそうなのでホッとした。

 出荷がかないそこそこ売れそうなのがわかったので、作物つくリにも張り合いが感じられるというものである。
 

気分を良くして、直売所からの帰りの道で、

――妹さんのところへ寄って行こうよ

 と、私は言った。もしかしたら、米作りを頼めるかもしれない、というおもいがよぎったからである。相方も同じおもいがあったようだが、五、六年前に似たような状況のとき断られたので、頼むわけにはいかないとおもっていたという。米作りを断られた話をし後は世間話をしただけで戻ってきた。私は反応がなかったので、農協や町役場の農林推進課に相談し、それでも引き受け手がなければ米作りは諦め、米は買って食べればいい、そう腹をくくるべきだと相方に進言したのである。
 

しかし、である。帰宅して間もなく、相方の妹さんから電話がかかってきた。米作りを引き受けてもいい、と旦那さんが言った、と。相方は喜びありがとうを何度も繰り返していた。

 米作りを断られてしまったと話せば頼まずとも、引き受けてくれるかもしれないという私の目論見は、その通りになったということになる。私は内心でしてやったりの気分だった。

――困って来たのだろうが、言い出せずに帰ったのだろう。姉さんとしては今まで守ってきた土地を荒らしてしまうのは忍び難いだろう、俺としても姉さんの力になってやりたいから引き受けるって言ってやれ

 そう言ったのだと、妹さんは相方に嬉しそうに、またホッとしたように電話で知らせてくれたのだった。
 
 ここ数年、我が家はいいことずくめで、運気が上向き続きである。これは相方と共通した認識だ。

 何故、我が家は運気が上向きなのか――

 二人とも常に前向きに生きている。

身体の健康は心が健康でなければかなえられない。身体と心は一体なのだ。どちらが欠けても健康にはならない、との教えを信じて、身体のために常に十分な栄養を、ことにビタミン、ミネラルなどの必須微量栄養素を摂る。よく眠り、良く働く。マイナスのことを言わない、考えない、思わない。潜在意識をいつもきれいにし、汚さない。これを実践してきた。
 冒頭に記した、私が常々口にしたり思ったりしている言葉は潜在意識をクリーニングするためのものなのである。

 潜在意識がきれいになれば健康は保たれるし、願望も叶えられるのだ。マイナスのことを口にしたり考えたりすれば潜在意識は汚れる。潜在意識が汚れれば健康は損なわれる。なぜならば、潜在意識は宇宙と繋がっていて、その宇宙からエネルギーを貰い、そのエネルギーを絶えず身体の各部に供給しているからだ。身体の臓器はひとりでに動き働いているわけではない。眠っているときでも、潜在意識が絶えずエネルギーを送って動かしているのである。だから、潜在意識が汚れれば、曇った日に太陽光が地表に届かないと同じで、身体に供給されるエネルギー量がぐっと減ってしまう。身体がガソリンを供給されない車と同然となってしまうのだ。そうすれば身体が不健康になるのは理の当然だろう。

 潜在意識を目で見ることはできない。目に見えないので、人生で大きな役割を担っている潜在意識の存在自体を知らないまま生涯を終えてしまう人は多い。潜在意識の構造や役割を知っていると知らないのでは、雲泥の差なのである。潜在意識を知って、上手に使えば人生を幸福に導くことができる。潜在意識を知らなければ使いようもなく、行き当たりばったりで生きるしかない。行き当たりばったりでは潜在意識をクリーンに保つことは出来ない。だから成功も出来ないし、健康を保つことも出来ないのである。

 ところで相方は私とは少々違うが、潜在意識を意識した生活を送っている。どこが違うのかというと、彼女は日々セルフハグを実践しているのである。

――洋子(自分の名)、愛してる、とっても愛してるわ

 と、自分の胸を抱くように優しく手をあて、折に触れて自分に語り掛けているのだ。

――洋子、これまで大変だったけどよく頑張ったわね、偉いわ

 と語り掛けることもある。

 このセルフハグも潜在意識をきれいにしたり活性化させる作用があるのである。

 二人とも潜在意識を意識し、それを利用しているので、我が家の運気が向上しているのである。いいことばかりが起こる由縁である。

 11月は我が民宿に毎週末お客さんが入った。

どこにも出荷先がなかったのに、農産物直売所に出荷がかない、そこそこ売れることが分かった。

米作りが出来なくなる危機に陥ったが、その日のうちに後釜が見つかった。

これらは私と相方がというよりも、二人の潜在意識が願望を叶えてくれたということなのである。そう私は考える。

2018年12月10日

スマホを購入して

 私はこれまでスマホ(スマートフォン)を持っていなかった。

 インターネットはパソコンで事足り、電話はあまりかけないので携帯電話は今持っているいわゆるジジババ携帯といわれる旧式の、月額料金1600円のもので十分とおもっていた。

――今の時代はスマホぐらい使いこなせないと、時代に乗り遅れてしまうわ

 そう言って、相方に盛んにすすめられたが、スマホを持たなくとも、パソコンは人並み以上に操作できるのだから、時代に遅れはしない。スマホの月額利用料は安くとも六、七千円と聞いていたので、もったいないと踏み切ることはなかったのだ。

 しかし、必要にかられて最近やっと携帯からスマホに機種変更した。そのときdocomoの担当者に、

――確かに電話はあまり使われていませんね、先月は電話の使用が40円でしたもの

 と、呆れたように言われたものだった。

 必要にかられたというのは、世界展開の二つの民宿の予約仲介サイトに登録したからである。

 今まではるるぶトラベルと楽天トラベルという二つの国内の予約仲介サイトだけだった。この二つのサイトはFAXで予約の通知が入る。

 しかし、最近新たに登録した楽天LIFULLという出来たばかりの会社が立ち上げたVacation STAYという予約仲介サイトと、アメリカの予約仲介サイトAirbnbは予約通知はメールなのである。

 Vacation STAYは自己のサイトだけではなく提携予定の世界展開している外国の六つのサイトに順次自動的に掲載されるという。

 六つ全部に掲載されるには多分半年ぐらいかかるのかもしれない。というのは最初の欧米展開のbooking.comに掲載されるまでに二ヶ月半かかったからである。

 このbooking.comから初予約が入ったのが最近で、そのいきさつを綴ったのが先日発表した「世界展開」である。

 我が柿農園が全部に掲載されたとすると、Vacation STAY自身、booking.comを含めた六つのサイト、それに最近登録のアメリカのAirbnb、合わせて八つのサイトで表示されることになるわけだ。

 どのサイトから予約が入ってもメール通知なので、私は日に何度もパソコンをチェックしていた。

 ことにAirbnbはゲスト(お客さん)からの問い合わせなどに迅速に対応しないと施設の評価が下がってしまうという。だから、予約通知に即応しなければならない。そうおもって、パソコンの前に毎日貼りつくようにしていたのである。

 先日宿泊したお客さんが言うには、パソコンに入ったメールをスマホで確認する方法があるという。

――そうか、スマホを買って、メールをスマホに転送してもらえば、今までみたいにパソコンに貼りついていなくともいいわけだ

 そこで、さっそくネットで調べることにした。すると、メールソフトには他に転送する機能が備わっているとある。私は三つのメールソフトを使っている。Windowsメール、outlook、Mozilla Tunderbird、の三つ。

 一般的に使われているOutlookだと転送の設定方法も載っているではないか。これだと、無料で転送が可能である。しかし、民宿関係は全てMozilla Tunderbirdを使っているのだ。すべての仲介サイトに、ここで使っているメールアドレスを登録してある。変えるとしたら、えらい作業になりそうだ。今更変えることは不可能に近い。

 Mozilla Tunderbirdでも転送は出来るらしいのだが、探しても転送方法が見つからない。尚も検索すると、転送サービスを提供しているプロバイダがあるという記事に出会った。私のパソコンの接続プロバイダはplalaという業者である。すぐにそのサイトを開いてみると、月額217円で転送サービスを提供しているとある。その程度の料金ならたいした負担ではない。これだ!、と私はハッシと膝を叩いた。

 これでスマホ購入が決まった。

 相方に話すと、

――そう、よかったわ、スマホはいろいろな事が出来るから便利よ

 と、喜んでくれた。

 Docomoの担当者が、

――自宅にWi-FIを導入していますか

 という。

――ええ、女房のノートパソコンのために

――どんなタイプのものですか

――どんなって、パソコンのルータに接続してありますが

――ああ、そうですか、それはスマホにも使えますよ

 インターネット接続はWi-Fiを利用、私は電話はほとんどかけないので、最低料金のプランを選べば、月額利用料金は4~6000円に抑えられるという。通信量が1G以内なら4000円、3Gまでなら6000円。ただし、電話は一分ごとに40円加算される。10分だと400円である。私の場合、外出したときの連絡に使うだけだから、10分はかけないとおもう。そもそも私は外出はほとんどしないのだ。

 ということで、最低料金のプランを選び、一般的なスマホよりもやや細長く、画面が少し広い機種を購入した。画面が広いものを選んだのは、Airbnbのゲストとのやり取りを想定してのことである。

 いくらパソコンが出来るといっても、スマホは初心者だから操作は簡単ではない。メールが受信できないので、購入プランの中にある遠隔サポートを受けるべくdocomoのサポートセンターに電話をした。すると、メール受信のためにはdアカウントを登録しなければならない。そのためには四桁のネットワーク番号が必要ですがわかりますか、という。Docomoで渡された書類を見ると、ネットワーク番号は四つの米印になっていて、番号は書かれていない。要するにパスワードだから書類には記載されず、本人に直接提示されるものなのだ。それがわからなければ、どうにもなりません、もう一度docomoの販売店に行って下さいという。

 やむなく次の日、購入したdocomoの販売店に出向いた。

 担当者が私の運転免許証をコピーしたりして、ネットワーク番号の再設定をやってくれた。私は操作が複雑でまだ慣れていないから、メールが受信出来るようにだけは設定して欲しい、と頼んだ。三十才ぐらいとおぼしき若い男の担当者は、あれこれやっていたがなかなか設定出来ないようだった。専門家がなかなか出来ないのだから、スマホを持ったばかりの私には無理だな、とおもいながらその様子を見ていた。

 設定が終わってスマホを渡され、

――家に帰って受信できるかどうか試してください

と言う。

――もし受信できなかったら、またここに来なければならないじゃないですか。私の家は遠いんです。今ここであなたが私宛にメールしてみてください。そうすれば受信設定が出来ているかどうか分かるでしょうよ

 そういうと、担当者はあわてて持っているタブレットを操作した。

 即座に私のスマホの受信トレイに、テストという文字が表示された。やれやれ、二日がかりでやっとメールが可能になったなとつぶやきながら、店を後にした。

 Wi-Fiを使う前提で、一番安い月額利用料のプランを選んだのだが、離れにいるときはいいが母屋に行くと電波が弱いことが分かった。

 ふと、脳裏をかすめたものがある。以前大田原市のシルバー人材センターに登録して勤労者福祉センターに勤めたことがあった。そこの若い所長がパソコン関係に詳しく、安くて優れたホームネットワークの無線ルータがあると教えられて、確か四、五千円だったとおもうが購入したことをおもいだしたのだ。要するにWi-Fiルータである。しかし、接続方法がわからず、ノートパソコンに接続できないまま放置していたのだった。探すと本棚の上にあった。取り出してルータに接続してみると、「強烈パワーアンテナ搭載」とあるだけあって、遠くまで電波が届くようである。

 20mのLANケーブルをネットで取り寄せ、離れのパソコンそばの窓から母屋の二階の窓まで伸ばして、二階の部屋に「強烈パワーアンテナ搭載」Wi-Fiルータを設置した。スマホで確かめてみると、母屋の一階でも電波の状態は「強い」と表示される。これで一気にいろいろなことが解決した。確か四年ぐらい前に買ってあったものだが、今頃になって役に立つなんておもいもしなかったことである。私は勤労者センターの若い所長に、心の中で、ありがとう、と口にして言った。

 これで、私が母屋でもスマホを使えると同時に、希望のお客さんにもWi-Fiを使って貰えるというわけだ。今の若い人はWi-Fiを導入しているかどうかを宿選びの条件にするという。さっそく我が柿農園のサイトにWi-Fi導入済と記載した。

 さて、これまでにも台湾、ベトナム、アメリカ、中国といった外国からのお客さんを受け入れたが、ほとんどの方が日本語ができたので困ることはなかった。しかし、今後は日本語がわからない外国人が来ることも考えられる。全く日本語が理解できない外国人が来たときのために、しょっちゅう宣伝のメールが入る、「ポケトーク」という小型の翻訳機を買おうかと検討していたところだった。しかし、これは3万円近くもする。

 スマホに慣れるためにいろいろ操作しているうちに、「はなして翻訳」というアプリがあることに気がついた。これは十ヵ国ぐらいの言語に対応していて、例えば中国人と対面したとすると、マイクボタンを押して、「こんにちは」というと中国語の「ニイハオ」が漢字で表示され、スピーカーボタンを押すと音声で「ニイハオ」と発音してくれる。同じような操作で逆に中国人に言って貰えば、それを日本語に訳して、発語してくれるという便利なものなのだった。

 対応言語は、英語(アメリカ、イギリス、豪州)、中国語(北京、台湾、広東)、韓国、フランス、ポルトガル、ドイツ、イタリア、スペイン、タイ、インドネシア、とあるので、十分のような気がする。

 使用の際は通信量が増えて通信代が高額になる場合があるので要注意とあるが、Wi-Fiを利用すれば通信料はかからないともあった。我が家では母屋にも離れにもWi-Fiを設置したので安心である。これで「ポケトーク」など買う必要がなくなったわけである。

 ともあれ、プロバイダPlalaのメールの転送サービスの契約を済ましたので、畑仕事で外にいても、スマホをそばに置きさえすれば宿泊予約が入っても、パソコンがある離れまで駆けつけなくとも対応できるようになった。
 

 今更ながらに、スマホに変えてよかったとおもう次第である。

2018年11月22日

世界展開

 つい先日のこと、朝六時に起床しパソコンのメールを確認すると、宿泊仲介サイトVacation STAYに予約が入っていることが分かった。

 これまで登録していた仲介サイト「楽天トラベル」と「るるぶトラベル」は電話のFAXで入るのでそんなにパソコンを確認する必要はなかったのだが、Vacation STAYはFAXではなくメールなので、一日数度はパソコンを確認しなければならない。Vacation STAYは出来たばかりのサイトであり、順次世界中の主要サイトと提携し、掲載されるというので、世界サイトを検索しながらいつ我が柿農園がそれらに現れるのか楽しみにしていたのである。

 Vacation STAYには、まずは日本の楽天の会員から予約が入るでしょう、それから外国人も入るようになるはずですが、断言はできない、というようなことが記述されていた。

 いつ予約が入るか分からないのだから、絶えずパソコンを確認していたのである。

 それで欧米で展開しているbooking.comというサイトに掲載されたのが約一週間前のこと、英文の説明があって、現在翻訳作業中なので更新までしばらくお待ちください、とあった。表題に我が柿農園は「別荘」とされているではないか。フフ、別荘か、とおもわず含み笑いしてしまったが、しかし、我が柿農園の母屋は純日本古民家風の風格を漂わせているのは確かだから、翻訳者が日本の田舎の「別荘」と判断したのも無理からぬことであると納得した。翻訳作業中なのだから、予約が入るとしても更新されてしばらくしてからのことだろうと予想していた。しかし、予約メールをよく見ると楽天ではなく、booking.com経由での予約なのだった。おおっ、世界展開の端緒かな、と感慨があった。

 しかも、その日のうちにチェックインとある。あらら、と少々あわてたが、考えてみると「インスタントブッキング」として登録したのだから、当日の予約が入ることも承知の上だったのである。予約者の氏名を確かめると、「chon Sse Ju 」とある。人数は大人五名。一泊。料金は手数料込みで三万四千円余。手数料を差し引いて約三万円が我が家の収入となるわけだから、条件はいいのだ。ただ、欧米が主とはいえ世界展開の予約サイトである。氏名だけでは、どこの国の人なのか分からない。不安感が芽生えたが、深呼吸して気持ちを落ち着け、とりあえず相方に知らせることにした。

 案の定、相方はいろいろな角度から覚えた不安を口にした。

――大丈夫、私が全て対応するから安心して

 といい、私はそれ以上何も言わないことにした。不安を煽ることになりかねないから。

 日本人であれ外国人であれ、化け物じゃない、同じ人間である。たとえ言葉が通じなくともどうにかなる、と私は常日頃おもっている。

 予約メールにあるゲスト(お客さん)のメールアドレスに、

――ご予約ありがとうございます。お待ちしております。何時ごろこちらにお出でになりますか、教えていただけると幸いです

 と送信した。すると、英語で返信が来た。英語が堪能ではない私にはよく分からない。ちょっと泡食ったが、普段Googleの翻訳サイトを利用していたので、その英文をコピーしてそこで日本語に翻訳してもらうことにした。

――星の観察が目的で、会場を出るのが夜の九時頃なので、ホテルに着くのは十一時になります

 と訳された。

 遅いが、食事は朝食のみの登録なので、夕食は出さなくてよい。何ら問題はないとおもい、折り返し、

――了解しました。暗い中、お気をつけてお出でください。お待ちしております

 と、送信した。

 Vacation STAYに登録したのが八月末、それで予約が十一月初めだから、約二ヶ月で初予約が入ったことになる。出来たばかりのサイトに登録し、しかも別のサイトとの連携でその別のサイト経由で予約が入ったのである。世界展開の風に乗る上々のすべり出しのような気がする。私は内心で一人密かに万歳を叫んで、お祝いをした。そして、ありがとう、と口の中で呟いた。

 ところで十一月は、第一週を除いた週末は全て予約が入っていた。つまり第一週のみが空きだったのだ。私は相方に何度も、そのうちそこにも予約が入る予感がしているんだと言っていたのである。しかし、日を重ねて前日になっても入らないので、予感は外れたなあ、と半ば落胆していたのだった。それが意外や意外、当日入ったのだから、あっ、やっぱり予感は当たったんだと自分でも驚いたものである。

――あなたって、信念が強いのねえ、きっと予約が入るような気がするって何度も言ってい

たものね、凄いわ

 と、相方が言った。

 この二年ぐらい人生哲学を学び、

――人はおもい描いた通りの人生を歩む

 とおもっていた。

 我が柿農園を世界展開させるという目標をたて、世界展開のサイトに登録したのだが、そのおもいの通り外国のお客さんが入った。第一週の週末にも予約が入るとおもい描いていたところ、やはり当日予約が入った。人生という大袈裟なものではなく、ほんの小さなことに過ぎないかもしれないが、おもい描いた通りになりつつあるのは事実だろう。

 そうこうしているうちに、午後になってVacation STAYのサポートセンターから電話が入った。直前予約が入っているが、大丈夫ですか、と言う。若い女性の声である。登録後初めての予約で、サポートセンターとしても受け入れ側の様子を確かめたかったのだろう。

――ゲスト(客)様に、そちらに電話するように言っていいですか

 という。

――どこの国の方ですか

――分かりません

――言葉が通じればいいんですが、通じなかったらどうしましょう、電話じゃ身振り手ぶりもできないし・・・

――・・・・・・・。

 私はGooglの翻訳サイトを思い出し、

――メールでのやり取りでいいですか、その方がいいのですが

――そうですか、中国の簡体とありますし、名前の感じでは、多分中国か香港、台湾の方だとおもいますが・・・。それで、国籍は日本とあるんですよ

――ふーん、日本国籍? ・・・ともかくメールでやりとりしてみます

――じゃ、対応をお願いします

 夜になって、Vacation STAYの担当者との電話でのやりとりを相方に話すと、彼女の中で不安感が一気に増大したようだった。

――どこの国の人か分からないなんて、ちゃんと聞いたの

――サポートセンターの女の子だって、分からないんだよ

――何だか、嫌だわ。ほんとに来るのかしら、あなた言葉が通じなかったら、どうするの

――大丈夫だよ、言葉なんか通じなくたってどうにかなるさ、これまでだって平気だったじゃないか

――わたし何だか、気味が悪くなってきたわ

 姿の見えない、見ず知らずのしかも外国人ということで、何か得体の知れなさが、疑心暗鬼を呼び込んでしまうのだ。相方の気持ちが分からないわけではない。私は気持ちを落ち着かせようとして、

――別に魑魅魍魎が来るわけじゃあるまいし、気味悪いなんて、あなたは今日は朝から仕事しっぱなしで疲れているんだから、もう横になったら。寝てもいいよ、夕食は出さないんだから、私が対応するから

 彼女は手掛けているアロエベラジュースのネットワーク関係の仲間が次の日に大勢来ることになっていたので、前の日から準備をしていたのである。そこに急遽宿泊予約が入って、二つのことが重なったことになり、多少パニクリ気味だったのだ。私の言葉で少し安心したようで、

――まさか、挨拶ぐらいはしないと。来るまで、ソファで横になってるわ

 と言う。

 八時になって、私はともかく電話してみよう、とおもい、ゲストの電話番号を確かめた。+81 70 1672 6652とある。これが分からない。外国に電話したことなどないのだから。ただ、以前一度だけ同様の番号に電話した時つながらず、ネットで検索して、+81を取って、「0」を付けてダイアルしたところ繋がったことをおもいだした。

 そこにまたVacation STAYからメールが入った。

――ホテルに向かっているが、正しい住所を教えてください、とメールが来たので対応してください

 私はすぐに住所をゲスト宛てに送信した。

 時間が過ぎ十時になったので、070 1672 6652に電話した。

――もしもし、柿農園と申します、今どこにいますか

 なにやら話し声がし、やがて、若い女性の声で、

――遅くなってごめんなさい

 という。明らかに日本人ではないイントネーション、片言ではあるが、日本語である。

――いえいえ、大丈夫ですよ

――あと二十五分で着きます、よ、ろし、く、ね

 どうやら日本語が分かる人のようで、ホッとする。車で我が柿農園に向かっているようだ。そばで聞いていた相方も、

――女の人の声よね

 安心したように言う。

――そう、若いひとだよ、日本語わかるみたいだ。二十五分ぐらいで来るって

――ああ、よかった、女の人たちなのね、じゃ、わたしお茶の用意をするわ

 そう言って、立ち上がる。

 十時半、暗闇の中、白い車が到着し、私は懐中電灯で駐車場に誘導した。車から降り立ったのは、女性三名、男性二名、の二十歳前後とおぼしき若者たちだった。

――大学生ですか

 と聞くと、

――いや、日本語学校の学生です

 皆ニコニコしていて明るく感じのいい若者たちである。「案ずるより産むがやすし」である。疑心暗鬼になる必要などさらさらなかったのだ。

 いろいろ聞くと、台湾から日本語を学びに来、半年から一年になる。日光に観光に来たのだが、ホテルや旅館はどこも満室で困っていた。遠いがたまたま空いていた我が柿農園を検索して予約を入れたのだった。当日急遽予約が入ったわけがこれで分かった。

 話しているうちに、お互いにすぐに打ち解けて、デザイナー、ホテルマン、警察官など志望しているとまで教えてくれる、気持ちのいい若者たちで、二十歳前後に見えたが、実際は二十七、八才で、出来れば日本に永住したいのだという。

 つい一時間前までは不安に駆られていた相方は若者たちに接するや、弁舌さわやかに振る舞い、たちまち若者たちを魅了した。親身になって世話をし、心のこもった話をするので、お客さんは相方の人柄に引き込まれてしまうのだ。いつものことだった。

――台湾にいるオモニを思い出すわ

 とか、

――ここに来られて本当によかった

 と言われて、相方は嬉しそうに頬笑んでいる。

そういえばこれまで我が柿農園に宿泊した台湾やベトナムの若い人は、日本に憧れを抱いている場合が多かったような気がする。

 ともあれ、我が柿農園の世界展開の幕は切って落とされたことは確実なようである。

 脳裏をかすめるものがあって、booking.comの我が柿農園のページを再度開いてみた。表題が気になったのだ。別荘Kakinouen/Vacation STAY 3939と大きく表記されている。気になったのは数字で、どこかで見たことがあると感じたのである。そして、すぐに、そうだ、我が家の車のナンバーと同じだと気がついた。

 車のナンバーを取ったのは相方で、39すなわちサンキュー(ありがとう)をダブらせて3939、要するに感謝を強調する意味を込めて取った数字なのだった。39はゴロも響きもいいので、私もパスワードなどの数字部分に使っていた。Sakazuki39といった具合に。

 Vacation STAYの担当者は我が家の車のナンバーなど知るよしもないだろうから、単なる偶然なのだろう。しかし、私には哲学者ユングがいうところの「意味のある偶然の一致」「共時性」におもえたのである。海外の仲介サイトに縁起のいい我が家の車のナンバーと同じ数字がついたのだ。これはきっと多くの海外のお客さんの目に留まるに違いない。

間もなく世界的に展開されているアメリカの仲介サイトAirbnbにも登録されることになっている。

外国のサイトから多くの予約が入る予兆ではないか――。そう私はおもった。

2018年11月20日

熟し柿

 我が柿農園の柿の木は百本余あるのだが、今年は数個から五、六十個の実をつけたのが九十本ぐらいある。つまり実をつけなかったのは十本ぐらいに過ぎなかったのだ。

 東京から農泊ツアーで来ていた女子中学生と一緒に、蜂矢柿の干し柿を作った。十個繋ぎを四連、納屋の軒下に吊るした。要するに40個の蜂矢柿を取ってきたわけだが、二つの竹籠に一杯だった。確か二本の柿の木から取って、取り切れなかったのだ。数十個成っている木もまだ大分ある。推定で女子中学生と取ったものの20倍ぐらいはありそうだから、800個は成っているのかもしれない。

 売って欲しい譲って欲しいという人が数人いるので、多分数日後にはなくなってしまいそうである。

 賑やかだった三名の女子中学生が帰った後、熟し柿を探した。熟し柿とは、柿が熟れ切って赤く柔らかくなった状態をいう。こうなるとじきに地に落ちてしまう。この熟し柿は甘くねっとりとして美味しいのである。柔らかくいたみやすいため、出荷はできない。だから市販はされていない。柿の木のある農家の人のみが味わうことができるものなのだ。私はこの熟し柿が大好きだ。

 今の時期は、この熟し柿がふんだんに取れる。柿畑の端からもぎり始めて、じきに竹籠が重くなった。数えてみると、八個あった。これ以上取っても食べきれないので、そこで中止。半分も取らなかったから、残りはそのうちに地に落ちてしまうか、カラスや小鳥が食べるのだろう。それでいい、とおもっている。

 柿を百本植えたというと、

――出荷するんですか

 という人が多かったが、私は、

――いや、出荷はしません

 と答えた。すると、不思議そうな顔で、

――なり始めたら食べきれないでしょう。それをどうするんですか

 と言う。

――人にあげるんです。他の野菜だって、ほとんど人にあげてしまうんですよ

――ふーん、もったいないなあ

――柿も同じで、取るのが大変なときはそのままにしておきます。そうすれば、カラスが食べるでしょう、ハハハ

 そんな言い方をすると、人は私を不審げに、あるいは呆れたような目をして見たものだが、出荷はしないものの、多少は売れるのだった。しかし、カラスに食べさせるというのはその通りになったようである。

 ともあれ、この熟し柿の甘さは格別だ。いろいろな方がケーキとか、羊羹とか、カステラとか、最中とか、甘いものを持ってきてくれるのだが、以前の私はこういうものが大好きだった。しかし、今は違う。頂くので食べるには食べるが、以前のような嬉しさはない。これらは砂糖をたっぷり使った甘さで、いわば人工的な加工を施した濃厚な美味しさで、最近の私は違和感を覚えてしまうのだ。

 これは熟し柿を食べながら特に感じるのである。熟し柿は、加工していない、自然のままの濃厚な甘さで、これが食べ物の本来の美味しさだと感じる。

 そしておもう。こういう自然のものを食べれは身体にいいが、加工した人工的な甘いものばかり食べていると身体によくない、糖尿病とか骨粗鬆症になってもおかしくない、といわれているが、それは実感として分かるのである。だから私は以前のように饅頭とか羊羹とかケーキをすすんでは食べなくなった。

 尤も、いくら身体にいい甘さだといっても、塾し柿は糖分が多いことは事実だから、食べ過ぎはよくない。私はこの旬の味の柿を多くても一日、二、三個にとどめることにしている。

 先日、宮城県の仙台市から来られたお客さんに、この熟し柿を進呈したところ、面白いことを言った。

――うちの方では、この熟し柿の赤く熟れて落ちる寸前のものを、「あんぽんたん」と言うんです

 私は、へえ、そうなんですか、と言いながら、クスリと笑ってしまった。このあたりでは、「あんぽんたん」とは、親しみもこもってはいるが、頭が悪いとか弱いとか、お人良しとか、といった意味合いの、人柄をからかい嘲り気味にいう場合に使われる言葉だからである。

2018年10月29日

ライフワーク

 執筆がライフワークとおもってきたのに、最近は生活のことばかりにかまけて、エッセイはときどき発表してはいるが、本筋と位置づけてきたはずの小説がさっぱりである。これはではいけない。そうおもった。

 現在は民泊仲介サイトVacation STAYの世界展開と、Airbnbの「ねっぱん!」との連携待ちの状態であるのと、急遽オープンした柿農園ファミリーキャンプ場の整備と集客のことで頭が一杯なのであるが、あることがきっかけで、待てよ、こんなことだけにかまけていて、本来やるべき執筆をなおざりにしておいていいのか、という声がどこかから聞こえてきたのである。

 それは、自分の内省の声だということはすぐに分かった。内省の声とは、ふと口を突いてでる自分のつぶやきのようなものである。

 小説とエッセイは二十九才のときから書いているのだから、四十四年書いてきたことになる。それが、ここ二年ぐらい小説を全く書いていない。エッセイは書いているのだから、文章の勘所は忘れていないだろうとおもう。小説とエッセイの文章は微妙に違う。対する心構えも違う。しかし、全く違っているわけではなく、両者は地続きである。

 と考えてきて、ライフワークの小説の執筆に戻ろうというおもいが強くなってきた。

 おもったら即実行である。

 二年間放っておいた「楓林の恋」がある。ギター弾き語りの劇中歌まで作っておいて、挫折したというか、何となく行き詰まってしまい、中断しているのだ。

 この執筆を再開して、完成に漕ぎつけよう。確か原稿用紙350枚ぐらいまで行っている。5~600枚ぐらいが目標で、〇〇賞に応募しようとおもって書き始めたのだった。

 あらすじは決まっている。登場人物が多く、収拾がつかなくなったということがある。しかし、それは行き詰まった決定的な要因ではない。主人公とヒロイン、そして、この物語のモチーフである、バックボーンでもある重要な女性とその相手の男性の絡み合いというか、展開が上手くいかなかったことが大きな原因なのだ。

 そういうことが二年たった今分かる。それと、主人公とヒロインの性格造形もはっきりしなかったということもある。そこをはっきりさせなければならない。人物性格造形がしっかりできれば、物語は自ずとダイナミックに動き始めるはずである。

 書き始めれば自分の中では格段の作品になる自信がある。

 それは、明確な目標もなく書いていた以前とは違って、自分の中に強い信念が芽生えたということがある。強い信念とは、自分の潜在意識を使って書くということである。自分の潜在意識を使えばいい作品が書けるということが明確に分かっているのだ。

 それを具体的に言うと、書き上げた後の状態をイメージ化し、それも明確にイメージし、脳の中にしっかり想い浮かべるということである。そして、それを信じてゆるがせにしないことなのだ。それが願望を叶える秘訣だ。

 振り返ってみると、私は自分の願望を叶えたとき、そのときは意識してはいず、いつも無意識のうちにそうしていたということに気づいた。それを今度は意識してそうするつもりなのである。

2018年10月25日

間に合ってよかった

 田んぼの枯れ草を燃やしながら、ふとおもったことがある。

――間にあってよかった、本当によかったなあ

 田んぼの枯れ草は、私が十日ほどかかって刈ったものである。

 我が家の田んぼは70a程あり、昨年は米一体30kgを運ぶのが大変なので、米作りは縮小することにして、30aを休耕にしたのだ。休耕すると田んぼはたちまち荒れて、雑草が伸び放題になり、私よりも高い背丈の雑草もあって、このまま来年も休耕したらもっと酷いことになることは避けられない。周りの人に迷惑にもなるし、苦情がくるかもしれない。

 それで、来年はまた米を作ることにし、雑草を刈って田んぼを修復することにしたのだ。結果的に雑草を刈るのに十日もかかり、それが乾くのを待って燃やし始めたというわけである。燃やすのもいっぺんにやると消防車が駆けつけてきかねないので、少しずつやっている。これも五日はかかりそうだ。米30kgが重いといっても、この一連の作業の手間を考えたらたいしたことはない。

 間に合ってよかったと感じたのは、このことに関してではなく、重労働ともいえる一連の作業をこなしている自分に対して感じたことである。

 私は23年に渡る亡妻の介護の後、現在の同居者に出会い、同居してはや十年がたつ。介護の後半の十年はぎっくり腰や長引く風邪、不眠などに悩み決して健康とはいえなかった。医院で検査を受けると軽いが脂肪肝になっていることも分かった。ビールの飲みすぎだったのだ。

 今の家に入った当初は、丘の中腹にある竹藪までの少しの坂で息切れした。そのことで身体が相当やわになっていたことを実感したものである。

 しかし、農作業は私を鍛えた。丘の畑での作業、雑木林、柿畑、田んぼと合わせると4haある土地の草刈りはそれなりの体力がないとできない。一、二年のうちに、丘の尾根まで登っても息切れしなくなり、農作業もそれほどきついと感じなくなった。冬場でもぐっしょりと汗をかいて、何度も下着を取り換える。そうしないと風邪をひいてしまう。高齢の域に入っている身としては、ときに休息をとる。私の場合、それに加えて必ず一時間の昼寝の時間をとっている。重労働だから、当然疲れる。初めの頃はともかくも、次第に休めば疲れがとれるようになった。

 現役のころは頭脳労働で疲れがたまると、頭が鉛のように感じられて、酷いときには休んでも寝ても疲れがとれず、残滓となった疲労を抱えたまま仕事をしていたような感じだった。これは今にして、体力がなかったからだとおもい当たるのである。当時のやわな身体では今の農作業は到底無理で、30分もしないうちにへばってしまうだろう。

 今日の作業は、まず朝、尾根に上って、芋の保存用の穴に使う萱を刈払機で刈って干した。次にキャンプ場のための山林の下刈り、昼食、一時間の昼寝を挟んで、立ち枯れた樹木の伐採、愛犬モモの散歩をし、その後田んぼの枯れ草を燃やしたわけである。どれもハードな作業で、たとえば枯れ木の伐採は重いチェーンソーを持つわけだが、現役の頃だったらチェーンソーを尾根に運ぶだけで参ってしまったに違いない。チェーンソーは手元が狂ったら自分の命が危ない危険なものだから、それこそ精魂を傾けての作業である。緊張の連続で、相応の筋力がなければチェーンソーを扱うことはできない。肉体的な男の仕事だな、と実感する。刈り払い機だって同じだし、犬の散歩にしても三十分弱小走りに歩くのだ。当年73才にしては、よくやっているなあ、という内容だろう。

 尤も近隣の農家の高齢者を見回すと、85才ぐらいでトラクターやコンバインを駆使して作業しているなんて例はざらで、そういう意味では73才の私などまだ若い部類に属している。

 女性だって負けてはいない。ある88才の女性は私が田んぼの枯れ草を燃やしていたとき、遠くの田んぼの中でなにやら蹲って作業している姿が見えた。後で相方に話すと、藁を集めて束ねているのよ、と言った。この「く」の字以上に腰が曲がった女性が仕事をしている姿をよく見かけるのだが、私はいつも「あっぱれ」とおもい、見習わなければと励まされるのである。

 この方たちは普段から農作業で自然に身体を鍛えているから、高齢になっても丈夫でいられるのである。たとえ一、二年鍛えたとしてもこうはなれないに違いない。

 私の小学校の男の同級生は半数以上が他界してしまったが、サラリーマンや自営業の肉体労働をしない人が多かった。

私が、

――間に合ってよかった

 と言う意味は、ハードな農作業が出来る筋力を作るには、ある程度の若さが必要で、もし今の年齢で鍛え始めても無理で、十年前から始めたから可能だったとおもうからである。

 ともあれ、農機具を駆使するために、腕や足の筋肉を思う存分使うのは、心地よい。しかも汗みどろの格闘である。このダイナミックな充実感は肉体労働だからこそだ。頭脳労働では決して味わえないものである。

 胃病での入退院、腰痛、しょっちゅう風邪をひく、など、現役時代は自分をひ弱としかおもえず、こんな充実した肉体労働の日々が来るなんて、当時は夢にも想像できなかった。

――本当に間に合ってよかった

 とおもう由縁である。

2018年10月23日

キャンプ場経営を思いついた

 宿泊仲介サイトVacation StayやAirbnbへの登録をめぐっていろいろ調べているうちに、私の住所と同じ那珂川町にある「サンタヒルズ」という宿泊施設が目についた。

 この施設には七八年前に、コーヒーを飲みに一度訪れたことがある。

 森の中にあってコテージやキャンプ場などいろいろな施設があると聞いていたが、夜行ったのだが、喫茶室には誰もおらず、並んでいる民芸品をぼんやり眺めているうちに、しばらくしてから中年の女性が出てきてコーヒーを入れてくれたのだった。あれ、栄っていないのかなとおもったものだが、実は盛況だということを後で人を介して聞いた。

 楽天トラベルと「るるぶトラベル」で、同じ町ということでweb広告で同時に表示されることが結構あって、そのとき柿農園6700円、サンタヒルズ4500円とそれぞれのプランの最低料金が表示される。

 それで今回サンタヒルズはVacation STAYとAirbnbに掲載されているか調べる気になったのだが、両方とも掲載されていないということが分かった。

 そして、私は何ということはなしに、キャンプ場はどうなっているのだろうとサンタヒルズのホームページを紐解いたのである。

すると、一区画は10mの四方の広さ、つまり100㎡なのだった。それが全部で50区画ある。料金は一区画の利用料4000円が基本料で、その他大人800円、子供400円。バーベキューセットやその他の資材食材は別料金とある。これだと大人二人、子供二人の家族で利用すると、基本料金だけで4000+800×2+400×2=6400円となる。旅館に泊まるよりは割安ではあるが・・・。

そこで予約状況を見ると、直近の二ヶ月は土日曜日は満杯状態ではないか。親子4人の利用として、基本料金だけで一日の収益は6400円×50区画=320000円である。土日利用の一泊の月4日だけと計算しても320000円×4日=128000円となる。月128万円か、ほほう。これは・・・!! とおもい。同時に頭に閃くものがあった。

――柿農園にもキャンプ場を作ってはどうか

サンタヒルズは平坦地であるが、我が柿農園は丘の傾斜地にある。しかし、傾斜地を登り切った丘の尾根の部分は平坦で、広さは1haぐらいはある。ここは以前はミニゴルフ場にしようとか、テニスコートを作ろうかとか、検討した場所だった。ここから眺める田園風景は美しく、素晴らしいのである。そこをキャンプ場にしたらどうだろう、と閃いたのである。

サンタヒルズの50区画は100㎡×50区画=5000㎡で50aの広さでしかない。我が柿農園は全部で4ha=40000㎡あるのだから、サンタヒルズのキャンプ場の8倍の広さがある。キャンプ場を作っても余りがある。可能性は十分である、と私はおもった。

そこでキャンプ場にするためには許可が必要なのか、とかいろいろ調べ始めた。

 許可うんぬんはそのうち保健所で確かめようとおもうが、ネットで調べた範囲では、一般のキャンプ場なら広さに関係なく許可はいらないという。ただし、車を乗り入れることが可能なオートキャンプ場の場合は、1haを越えると都市計画法にかかって許可をとらなければならないという。要するに駐車場とキャンプ場を分けて車が入れないようにすれば、許可は必要ないということのようである。

 だから、駐車場を別に設置すれば、我が柿農園にキャンプ場を作ってもなんら問題はないようなのだ。

 幸い丘の尾根の部分にはおあつらいむきといわんばかりに北側に町道が隣接して東西に伸びている。そこから設置した駐車場に入って貰えばいい。50台ぐらい分の駐車場は楽に設けられるし、50区画くらいのキャンプ場を作ったってまだ十分な空きがある。なにせ雑木林や楓林などを合わせれば1.5haぐらいはあるのだから。

 サンタヒルズは森の中で周りを見渡せないが、我が柿農園はキャンプ場にしようとおもっているあたりは裾の我が家から高さ50メートルぐらいの丘の上で、美しい田園風景を見下ろせるし、ヤッホー! と叫べば、その声が前方の山並にぶつかって、ヤッホー、と何重にもなってこだまとなって返ってくるのだ。そして、松林、楓林、竹林、雑木林、百本の柿畑、など豊かな観光資源と言っていい自然が眠っている。そういう意味ではここはサンタヒルズ以上にキャンプ場に向いていると言っても過言ではないだろう。ここを生かさない手はないと強くおもえる。私の中に熱いものが湧いてくるのを感じた。

――キャンプ場にすれば、きっと来る方々に喜んでもらえるに違いない

 そう口の中でつぶやいているうちに、身体の内にやる気と嬉しさが溢れてきた。

 私はここ数年、相方の影響で哲学を学び、特に潜在意識を人生に生かす方法を分析理解し実践してきた。

 その中で、おもうことは大事で、そのおもいが信念にまでなればほとんどその通りになるということが分かったきた。それで、

――月収40万円

 とおもい、念じ、繰り返し口の中でつぶやくことを決めたのである。

 その内容は具体的には、キャンプの区画をまずは40区画とする。そして、一区画を5000円とする。5000円×40区画=200000円。土日曜日にその半分が入るとして、100000円、それが月4日として、100000円×4日=400000円。

 願いは達成した後のことを強くありありとイメージすれば必ずそうなるということなのである。私は達成した後の嬉しさや充実感を心に繰り返し想像している。

 私は丘の尾根に毎日出向き、車で乗り入れてもらうオート区画サイトをどこにするか、自由にテントを張ってもらうフリーサイトをどうするかなどを検討した。

 植木屋に返してもらった夏椿が立っているあたりがオートサイト向いているようだし、柿が立っている間がフリーサイトによさそうである。ざっと見たところ、ちょっと手入れをすれば、オート区画サイトが15区画、フリーサイトは25区画、合わせて40区画はすぐにでもいけるようである。とりあえずはそれで開設しようと心に決めた。

 そして、少しずつ手入れをして、来年の夏をめどに、「サンタヒルズ」と同じ50区画にしよう。

 チェーンソーで夏椿を間引いたり、刈払機で草を刈るなどの作業を開始した。そして、栃木県北保健センターに電話した。

 おおむねはネット検索で調べた通りだったが、キャンプ場の広さとオートキャンプ場の部分が違っていた。ただキャンパーに土地を貸すだけなら、広さも車を乗り入れるかどうかは、規制などないのだった。

料理をだすとか、バンガローにするとか、入浴をさせたり、常設テントを設置したりしない限り、許可申請も届も必要ないとのことである。テントを常設するのではなく、テントを貸すのはどうかと確かめてみると、それは問題ないとのことだった。

 かくてキャンプ場開設という夢(願望)実現は確実になったわけで、あとは集客をいかにすべきかという段階にすすんだことになる。

 集客はこれまでのノウハウがあり、自分のホームページと楽天トラベルに掲載宣伝すれば、今年はともかく来年の春ごろからは少しずつお客さんが来るようになるのではないか、とおもう。

昨夜さっそく、ホームページに「柿農園ファミリーキャンプ場」のページを作って公開した。
 ともあれ、目標があることはいいことで、丘の上の尾根部分に行ってやる草刈にしても、枯れ枝片付けにしても、遣り甲斐があるし、楽しいのである。

 

2018年10月11日

サイトコントローラー

 サイトコントローラーと言っても、それが何なのかすぐに分かるのは、関係する業界の人だけに違いない。
 

 私がその言葉に接したのは、我が柿農園を楽天トラベルに登録するべく資料を取り寄せたときだった。

 柿農園は当初は、大田原ツーリズム社の受け入れ農家として出発したので、インターネットで集客はしていなかった。

 大田原ツーリズム社が集客した小中高生3~4名の受け入れだから、集客しない分楽なのだが、しかし、受け入れのたびに説明会に出席しなければならない。また入村式、退村式にも送迎しなければならない。つまり受け入れ毎に計3回どこか決められた場所まで行かなければならないのである。これは結構な負担で、高齢域に入っている私たち二人には、あと数年が限界かな、とおもった。

 これが家に直接来てくれて送迎なしの一般客なら、まだまだつづけられるだろうとのおもいから、インターネットでの集客をおもいついた。

 ネット検索で「るるぶトラベル」というのが目についた。大手旅行会社JTBが運営する宿泊仲介検索サイトとあるので、登録した。間もなく栃木県担当だという若い担当者が来て言うには「るるぶトラベル」は業界3位であるという。他のサイトには登録はされないのですか、と言われたが、そのときは大田原ツーリズム社の客をまだ当分は受け入れるつもりだから、いくらかネットで集客できればいいと漠然とおもっていたので、いや、と答えた。

 しかし、「るるぶトラベル」での集客は結果として月に1組程度に過ぎなかった。これでは少ない。そこでネット検索をかけてみると、宿泊仲介検索サイトの業界1位は楽天トラベルであることが分かった。さっそく楽天トラベルの登録を申し込むことにした。

 楽天トラベルに登録するにあたって、懸念が一つあった。それは楽天トラベルとるるぶトラベルと同時に宿泊申し込みがあったとしたら、どうなるだろうということである。両方泊めることは出来ないから、片方を断らなければならない。これはトラブルになりかねない。いわゆるダブルブッキング問題である。そういうリスクを避ける方法はないか、これもネットで調べてみた。そういうサイトがあるにはあるが、それなりにお金がかかるということが分かった。私が調べた範囲では月1~数万円かかる。

 このことは楽天トラベルから送られてきた資料によって、あっさりと解決した。楽天トラベルに登録すれば、「ねっぱん!」というサイトコントローラーの会社が無料で他の宿泊サイトと連携して、ダブルブッキングを防いでくれるという。

 サイトコントローラーとは異なるサイトとサイトを繋いで、一括して管理することが出来るインターネット上の管理システムのことをいうのである。

 これは、例えば「るるぶトラベル」を通して予約が入ったとすると、同時に楽天トラベルの方を「売り止め」にして予約が入らないようにしてくれるのである。この管理を無料でやってくれるというのだから、さすが楽天トラベルである。業界1位だけのことはある。
 
 かくして、ネットを通して我が柿農園に一般のお客さんが入るようになった。三月からこれまでの実績は、るるぶトラベル5組、楽天トラベル5組、私のホームページから5組、の計15組である。人数にして40人ぐらいか。月平均2組の割合で、ツーリズム社からがやはり月2組ぐらいだから、合わせると月4組ということになる。収入がそこそこ増えた。

 私としては、今はこれぐらいでいいとしても大田原ツーリズム社の受け入れ農家が無理となる数年後を見据えて、一般客をこの倍に増やしたいと考えた。

 しかし、問題が発生した。

一般客が増えたことで、相方の負担が飛躍的に増えたことである。負担が大きくなったのは料理なのだ。メニューを考えるのも大変なら、十種類ぐらいの料理を作るには慣れていないということもあって、時間もかかる。その間ずっと立ちっぱなしなので、足腰に負担がくる。相方は農作業で何度も膝を痛めていて、痺れに悩まされることもしばしばだったのだ。それに、加えてこの夏場の暑さである。ガスコンロの熱もあって台所はサウナのようになってしまう。お盆の連休のときは4日連続でお客さんが入ったため、相方は消耗し疲労困憊のあげく寝込んでしまったぐらいである。申し訳ないなあ、と私はおもった。収入が増えても健康を損ねたのでは元も子もない。

 どうしたものか思案していたところ、サイトコントローラーの「ねっぱん!」からメールが入った。楽天が立ち上げた楽天LIFULL STAYという新会社が新しい民泊仲介サイトVacation STAYを作ったので、登録してはどうかというものだった。

 さっそく登録することにして、調べてみると、色々なことが分かってきた。

 登録民泊施設の多くが食事は無しか、朝食のみなのだった。これは楽天トラベルやるるぶトラベルの食事が重要な要素を担っているホテルや旅館と違って、一般住宅に客を泊める民泊新法の民宿や簡易宿所だかららしい。

 ここに登録すると、ヨーロッパ、アメリカ、中国、台湾、東南アジアなどの、主要な大手サイト、要するに全世界の大きな民泊仲介サイトと連携するので、そこに今後順次自動的に我が柿農園も掲載されるという。つまり、我が柿農園に、日本だけではなく、世界中のお客さんが入る可能性が出てきたわけである。私は夢が膨らむおもいがしたものだった。食事無しか、朝食だけなら、相方の負担もぐっと減らすことができる。

 Vacation STAYに登録を済ますと、またしても「ねっぱん!」からのメールで、Airbnb(エアビーアンドビー)と連携することが決まった、連携登録申し込みには通常3万円かかるが、キャンペーン中なので12月までなら無料、とあるではないか。この仲介サイトも民泊が主流なのだ。

 私はまるで知らなかったが、このアメリカの仲介サイトも世界的に展開している大きなサイトで、日本でも利用者が多く、私が住む県北でも日光、那須、塩原などの観光地が主だが登録民泊施設が多数登録していることが分かった。

 ここも登録申し込みをすることにし、その予約をした。登録は「ねっぱん!」との連携が10月からなので、現在「ねっぱん!」からの連絡待ちの状況である。

 今にしておもうことは、我が柿農園は一日一組受け入れの小さな農家民宿なのだから、ホテルや旅館、何室もある大きな民宿が対象の「るるぶトラベル」や「楽天トラベル」ではなく、こちらの民泊仲介サイトがふさわしかったのだということである。まあ、知識がなかったのだから致し方ないことだが、「るるぶ」や「楽天」に登録したからこそ結果的に分かったのだから、それでよし、としようとおもう。

 案の定、調べてみると、新興のVacation STAYにしても、Airbnbにしても、そこに登録されている民泊施設の多くは、楽天トラベルやるるぶトラベルには掲載していないのだった。

 この一文は、現在進行形のことをドキュメンタリー風に書いている。確定したわけではないことを書いているので、憶測の部分もある。一週間後あるいは一ヶ月後には確定事項も出てきて、まるで違った様相を呈するかもしれない。それを承知で書いているので、その前提で読んでいただきたい。

 Airbnbに登録するための下準備をしていて、柿農園の建物のタイプや部屋の様子、周辺などの写真、また担当者である私のプロヒールなどをサイトの中に掲載、記載している。要するにAirbnb上に我が柿農園のサイトを構築中なのだが、うーん、と唸ってしまうようなことがあった。

 それは本人確認の認証というのがあって、運転免許証の裏表を写真に撮って、それを画像にしてサイトに送信するというのはいいとして、その運転免許証の写真と同一人物であるかどうか確認のためスマホのアプリかWebカメラで送信してください、と出てきた。私はスマホは持っていないので、分からないままにWebカメラの方を選んだのである。

 すると、Webカメラを許可するかどうかの表示が出たので、許可をクリックすると、パソコンの画面にコンセントのようなものが写った。よく見るとルーターも写っているので、あれ、とパソコンの裏の方を見ると、そのあたりが写っているのだということが分かった。そして、パソコン上部にWebカメラのレンズが付いていることを確認した。

 そのレンズ部分は可動式になっていて、それを持ち上げるとパソコンの前に座っている私の顔が写ったのである。こんなものがあるなんて私は初めて知った。画面をみるとシャッターが付いていて、それをクリックするように促される。クリックするとカシャと音がして、私の顔写真が撮影されて、自動的に送信されるような仕組みになっていたのだった。

 カシャッと音がしたあと、「ナイススショット」というような表示が出たのには思わず笑ってしまった。現代はインターネットの時代なのだなあ、と改めて確認した瞬間でもあった。数分後、メールが来て、私のID認証が完了した、とあった。以前なら、郵送のやり取りで一週間や十日はかかったものが、今はインターネットでわずか数分で済んでしまうのである。だから今の時代はパソコンやスマホが出来ないとやっていけないといってもいいのかもしれない。

 最後に、柿農園を登録したVacation STAYを通して、柿農園が自動的に掲載されるという世界の主要仲介サイトを紹介したい。

 以下の記事を読んでいただければ、私が期待してしまうのも無理はないと納得していただけるとおもう。

 実際にどうなるのか、数か月後か半年先になるか分からないが、結果が出たらまた報告したい。

Booking.com・・・ 世界最大のオンライン宿泊サイト。現在は世界70カ国でサービスを展開しており、229の国と地域、 12万以上の目的地にある150万軒以上の宿泊施設の予約が43カ国語で可能です。主な展開国:欧米

AsiaYo・・・主な展開国 台湾

途家・・・2011年に開設し、70カ国1,100都市で50万件以上*の民泊物件が登録されている中国最大級の民泊プラットフォーム。

HomeAway・・・世界190カ国、200万件以上*のバラエティーに富んだユニークな物件を予約できるプラットフォームを運用・提供。主な展開国 欧米。

Yanolja・・・2005年に創業。宿泊施設や旅行コンテンツの提供を開始し現在17,000軒*を超える宿泊施設とパートナー契約を締結する宿泊施設の予約プラットフォームへと成長しています。主な展開国:韓国

Agoda・・・世界で急成長を遂げているオンライン旅行予約プラットフォームのひとつ。2005年に発足以来、200以上の国や地域で180万件*の物件を紹介するグローバルネットワークへと成長しました。主な展開国:アジア。

 Airbnbについてはーーー

Airbnb(エアービーアンドビー)は言わずと知れたバケーションレンタルサービス世界最大手のサービスです。2008年にアメリカのサンフランシスコでスタートしたサービスで、2018年2月時点で世界81,000の都市に450万件以上のリスティングが掲載されています。

設立から10年でAirbnbのホストが得た収益は410億ドル(約4兆1,847億円) を超え、Airbnbを通じてゲストがチェックインした回数は3億回を突破しました。また、Airbnbを日本で利用したゲストの93%が海外ユーザーで、うちアジアのユーザーは54%と、訪日外国人の宿泊手段として既に多大な実績を持っています。

ホスト保証で最大1億円の補償もついており、ホストは安心して物件の貸し出しが可能です。

2018年10月01日

白内障は治るのか?

 白内障は老人性の病気で、年齢を重ねるとかなりの確率で罹ってしまい、治癒することはない、というのが私が若い頃持っていた認識だった。

 しかし、二十年前ぐらいから、白内障は簡単な手術で治ると言われ、実際に私の周りでも手術する人が出てきた。私のすぐ上の兄もその上の兄も手術を受け、よく見えるようになったということで、もし私も白内障が発症したら手術すればいい、と気軽に考えるようになった。

 七年前の六十六才のとき、目が疲れやすく、ときにかすみ、まぶしくて仕方がないとか、目に映る風景が歪んだりするようになった。夜、目覚めたときなど、目の前に三日月のような形のものがピカッと光るようになるに及んで、眼科に出向いた。

――どれも白内障の症状です

 と医師は言った。ふーん、暗闇で三日月が光るのも白内障の症状なのか、と私は内心ではホッとした。何か目の得体のしれない悪い病気にでも罹ったのかと思ったからである。医師はつづけた。

――ただ、あなたの白内障は軽度なもので、白内障気味といった程度ですから、まだ手術の必要はないでしょう。様子を見て、時期がきたら手術を検討しましょう

 白内障が進行するのは時間の問題かもしれない、と私は覚悟した。相方に話すと、

――それじゃ、アクティベーターがいいかもしれないわ

 と言う。
――何、それ

――アロエベラ製品よ

――化粧品として販売されているものだけど、それで白内障が良くなったという人は何人もいるって聞いてるわ

――ふーん、それでその化粧品をどうするの

――目に入れるのよ、目薬みたいに。でもね、原液のままだと、凄く沁みて痛いから、倍に薄めるといいわ

 何も知らない人は、目に化粧品を入れるなんて、理解できないだろう。とんでもない、と思うかもしれない。しかし、私はアロエのゼリーを傷薬として使っていて、屋根から落ちて頭が裂けたときも病院に行かずそれで治してしまったぐらいだから、アロエの絶大といっていいぐらいな効用は確認済みだったので、瞬時にアロエ製品のアクティベーターは目にいいだろう、と信じた。

 言われたように、アクティベーターを倍にうすめたものをスプレーに入れて、日に四、五度は目に注すようになった。医師から処方された目薬では諸症状が改善されたようには感じられなかったが、アクティベーターをさすようになってから、目のまぶしさ、歪み、疲れ、ピカッと三日月が光ることなど、次第に改善されるのが分かった。

 それから七年の月日が流れ、目がしょぼついたり、目脂が出るようになった。もともと視力がやや弱い左目で見ると、風景に白い幕がかかる感じで、いよいよ白内障が進んだのかと眼科に出向いた。

 すると白内障があるにはあるが、結膜炎になっているという。結膜炎の治療をしてから、詳しい検査をすることになった。二種類の点眼剤を処方され、十日後、検査を受けると、左目は霞んで視力検査が不可能だったが、右目は視力が0.9あるという。

――運転免許更新はいつですか

 と医師がいう。

――一年半後です

――微妙なところですが、運転免許更新には0.7以上あればいいので、今のところは問題ないです。三か月後検査して白内障が進んでいるようなら、手術しましょう。白内障の点眼剤を出しますから、それを注して様子を見ましょう

 それから三ヶ月たった。

 白内障は進まず、むしろ殊に白く幕がかかったように見えた左目がよくなったように感じられる。

 両眼とも白内障が進んだように感じられたのは結膜炎のせいだったのだろう。結膜炎が治癒したことで、目が本来の視力を取り戻したのである。

 七年前の白内障気味と言われた目が進行しなかったのは、やはりアクティベーターのおかげなのだと今にして改めておもう。
 
 実は、眼科に出向いた三か月前、ある一冊の本に出会った。相方が毎月通っているセミナーで聞いてきたもので、「読んでみたら」と奨められたので、アマゾンで取り寄せて読んでみたのである。

 「自在力」塩谷信夫。表紙に、呼吸とイメージの力で人生が思いのままになる。健康・長寿で、願いもかなう。人生全てがよくなる妙法! とある。

 若い頃はひ弱で病気がちだったのが、六十才を過ぎてから元気になり、百六才まで生きた、と言うところに注目した。自分で考案した呼吸法とイメージ法でそうなったというのである。その内容はここには記さないので、興味のある方は著作を読まれたい。六十才を過ぎてから元気になったのは私も同じなので、身近に感じ、より注目した。

 ところで塩谷信夫著「自在力」をここに挙げたのは、読み進めるうちに、八十代の半ばになった白内障を手術することなく、呼吸法とイメージの力で治したとあったからである。九十才のときには前立腺肥大で小便が出なくなってしまったのを、これまた同じ方法で自分で治した、ともあった。

 私の目の状態の悪化は白内障の進行ではなく、結膜炎のせいだったのだが、塩谷氏のイメージと呼吸法に触発されて、今までやってきた潜在意識をより徹底して使って、白内障をより改善するべく、誘導自己暗示法を実践することにした。塩谷氏述べる方法と私が常日頃信奉している中村天風の誘導自己暗示法は共通しているとおもったからである。

 眼科で処方された白内障の治療点滴剤を目に注すときには、

――この薬は効く、良く効く、目のレンズの曇りがとれて、はっきり見えるようになる

 と、念じる。これを日々繰り返す。

 私は最近のエッセイで何度も述べてきたが、潜在意識には三つの役割があって、それは、健康を保持する、記憶を貯め込む貯蔵庫としての役目、願望を実現する、の三つなのだが、そのうちの三番目の願望を実現する、を使うということなのである。

 目薬を注すとき以外でも、目が良くなる、と口の中でつぶやくことを繰り返す。そして、周りの光景がはっきりと見えるようになったときのことを具体的におもい浮かべ、嬉しさ、歓びに浸る。自己暗示は、眠る間際と目覚めてすぐの時間帯がより重要なので、床についたとき、しっかりこれを集中してやる。そして、目覚めたときは、目が良くなるではなく、目が良くなった、はっきり見えるようになった、と断定する。

 これを三ヶ月毎日つづけてきてどうなったか――

 明らかに良くなったと感じる。両眼とも。特に、白い膜がかかったように見えていた左目が白い膜がほんの少し残っているようには感じられるが、以前よりも明らかに物がはっきりと見えることは確かだ。

 ということで、どうやら当分は白内障は全くなくならないまでも、よくなりはしても進行はしない。そうおもう。したがって、目の手術ということは考えなくともいいようである。

 もしかすると、眼科で処方された白内障の点眼剤が効いたのかもしれない。しかし、私はそれもあるかもしれないが、それよりも私の潜在意識の誘導自己暗示法が有効だったのだとおもっている。あるいは、点眼剤、自己暗示、その両方だった可能性もある。いずれにしろ、私にとっては嬉しいことである。
 
表題の「白内障は治るか?」の答えであるが、治る、しかも手術をしなくとも治る方法がある、ということに落ち着くようである。

2018年09月29日

老人斑が消えた

 六十才を越えたころ、主として手の甲に茶褐色の斑点が出てきて、年をとったなと自覚した。

 その頃は妻の介護をしていて自宅にずっといたので、身なりも無頓着で、介護に関する講演を頼まれても作業服と作業用のズボンで出かけて、世話役の女性に、それで講演されるのですか、と呆れられもしたが平気だった。

 妻が亡くなり、六十四才にして婚活を決意し、とある結婚相談所に登録した。エチケットとして身なりを整え、顔のシミをファンデーションで隠してパーティに出席した。手の甲は女性には見せないようにした。その結婚相談所には四ヶ月在籍したが、そこでは成婚とならず、その結婚相談所からの帰り道で今の相方に偶然出会ったのである。
 

 そして、彼女の家に入る形で同居してから、はや十年近い歳月が流れた。

 彼女が人生哲学を学ぶ人だったことから私も影響を受けて、哲学書を読むようになった。哲学は文学と深い繋がりがある。私は文学をやっていたことから、そのことが分かった。文学をやっていたから、すんなりと哲学に入ることが出来たし、なじむのも早かったのかもしれない。

 彼女は身だしなみには細心の注意を払う人で、当然身体のメンテナンスも欠かさない。人生哲学を学ぶために、とある塾やセミナーを常時受講していた。それは今も変わらず、月に数度埼玉県の大宮や浦和に通っている。

 現在の住所栃木県那珂川町から埼玉までは電車を乗り継いで、片道四時間弱はかかる。それを毎月数度、それももう二十年以上続けているのだから、学習意欲の程がわかるだろう。しかし、彼女が言うには、北海道や九州から日帰りで通っている人もいるというから、驚きである。飛行機があるので、それも可能なのだ。上には上がいるのだ。私なんか近い方なのよ、と彼女は言った。

 話を元に戻して、私は漠然とだが、人は中身が大事で、外見は二の次だと考えていたが、彼女は、

――人はまず外見から入るべき、とセミナーで習ったわ

 と言う。

――粗末な身なりをしていたら、いくら内面的に高貴であったとしても、そうは見られず、バカにされるわ

――反対に、たとえ教養がなく、中身が乏しいとしても、立派な服装をまとっていれば、人はひとかどの人物と見て、バカにしたりせず、それなりの対応をするものなのよ

――靴は常に磨いておくこと、ボロ靴や汚れた靴を履いて出かけてはいけない、足元を見られるという言葉があるだろう、人は靴を見てその人を判断する、ということだ、そう父親にいつもうるさく言われていたわ

 彼女の言うことには説得力があって、いちいち納得したものである。

 しかし、外見、見た目をいくら整えたところで、中身が伴わなければ見掛け倒しと言われても仕方ないだろう、ともおもう。ま、外見も大事には違いないが、それよりも中身で勝負したい、と私としては結論ずけた。

 ところで、手や顔のシミだが、これは外見ではあるが、年とともに増える。加えて皺も。これはありがたくないとおもう。手や顔は外見とはいっても、服や靴とは違って身体の一部である。年々年をとるのは仕方がないことだが、顔や手が老人染みることは内心では嫌だなあと感じていた。鏡に映る顔や白髪を見るたびに、老人化ということを突きつけられるおもいがするからである。

 ところが、異変が起こった。

 まずは顔の右目の横にあったシミが消えたのである。彼女と同居して2年ぐらいしてからだ。いきなり消えたわけではなく、徐々に、である。そして、あるときほとんどなくなっていることに気づいたのである。左頬からこめかみにかけてある大きなシミの方は残っているが

、これも大分薄くなったのだ。

 これは、自然にそうなったわけではなく、またファンデーションでカモフラージュしたわけでもない。私の身体が若返り、身体各部の細胞が活性化したからに他ならない。

 そして、それから四、五年たった現在、今度は手の甲の老人斑がなくなったことに気がついた。いや、まだ残ってはいるのだが、以前はびっしりといった感じで数十個はあって、いかにも老人臭いといった雰囲気を醸していたのだが、今はちょっと見た目には分からないぐらいで、よく見ると薄っすらと数個あるのみになっているのだ。しかも、皮膚につやが戻っているので、以前の老人臭さが消えているのだった。

 これは画期的なことではないだろうか。私は当年73才である。あと2年で後期高齢者の範囲に入るのだ。なのに顔のシミや手の甲の老人斑が消えるなんて、自分でも信じられないぐらいである。あり得ないことが起こったのだ。たかがシミ、たかが老人斑かもしれないが、これは飛び上がって万歳を叫んでもいいぐらい嬉しいことである。

 私は数年前から「七十代の青春」と題してエッセイを書いているのだが、本編もそのうちの一編のつもりなのだ。内容的にも題名にふさわしいといえるだろう。ある意味、この年にして本当に青春が蘇ったといえるのかもしれない。

 これは、私の心と身体が健康になったおかげなのだ。

 人生の三大不幸は、病気、貧乏、煩悶、といわれる。

 私は至って健康で風邪すらひかないのだからから、今のところは一つ目の病気とは縁遠い。そこそこの年金を貰い、彼女と農家民宿など開いているから貧乏でもない。

 人生の目標を定め、農業生活を生き甲斐と感じ、歓びを持って日々過ごしているので、三つ目の煩悶もない。

 哲学を学ぶようになったおかげで気持ちがぐっと安定した。心と身体は密接な関係があるので、心が安定すれば身体もよい影響を受ける。身体も健康になった由縁である。

 

2018年07月13日
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