カラスと蛇
耕運機で畑を耕し始めると、どこからともなくカラスが飛んできて、すぐそばに舞い降りる。そして、耕運機が耕した畑の土を突っつき始めるのである。一羽のこともあれば二羽のこともある。
このカラスは私に慣れているというか、私が追い払ったりせず危害を加える恐れがないので安心して近寄るのだろう。場合によっては一メートルぐらいのそばまで来るのである。何をしているのかというと耕運機が土を掘り返したときに出てくる虫やカエルを啄んでいるのである。
私はカラスが舞い降りると、おー、来たか、と口の中で呟くだけで仕事を続ける。近寄ってくるから可愛いが愛玩するというわけではない。よく見ると、頭も羽も黒く、目は不気味に鋭く、上嘴が下向きに湾曲していて黒光りしている。このカラス私が生ゴミを捨てたあと気配を感じてふっと後ろを振り返ると、もう捨てたばかりの生ゴミをほじくり返していたりする。そんなとき私はぎょっとしてしまうのである。
うちの愛猫クーは猫としては珍しく、散歩に出ると私の後を追うようについてくることがある。黒猫なのだが、愛犬モモも茶色が混じってはいるか黒い。愛犬モモは散歩に出ると元気がいいので、私が引くというよりも私が引っ張られるようなかんじになってしまう。
いつか、相方が笑いながら、
――清昭(私の名)さんは桃太郎じゃないけど、家来として犬と猫とカラスをひきつれているのね、どれも黒いから笑っちゃうわ
という。
――猫とカラスは私の後をついてくるけど、犬は違うよ、犬が私をひきつれているようなもんだもの、ハハハ
私もいたずらっほく言ったものである。
カーン、コーン、というような声がすることがある。キツツキである。朝方とか昼頃で、あれ今頃キツツキかと不審をかんじ、周囲を見回すと、電線にカラスが止まっているのが見える。キツツキではなく、カラスがキツツキの真似をして鳴いていたのである。九官鳥やカラスが人間や他の鳥の真似をするという話は聞いたことがあるが、実際に聞いたのは初めてて、私は珍しさに驚くと同時に、てっきりキツツキだとおもったのにカラスだったので思わず笑ってしまったものだった。カラスはどれも似たような顔をしているので断言はできないが、多分よく私のそばにくるカラスである。それからというもの、キツツキというかカラスのキツツキの真似をよく耳にするようになった。キツツキの鳴き声は独特であり、カラスにとっても印象深く真似をするようになったのかもしれない。
相方と一緒にサツマイモの苗を植える畑を耕していたとき、
――あれ、蛇が死んでるわ
という。見ると長さ1mぐらいのシマヘビが頭をひっこめた感じで動かないでいる。
白っちゃけた色でぴくりともしないので死んでいるのかもしれないとおもったが、そのまま作業をつづけた。次の日そこに行ってみると、同じ場所に同じ格好でヘビがいた。そこは畑の端だがサツマイモの苗を植えるところなので、やむなくトウグワをヘビの下に入れて移動するべく持ち上げた。すると、ヘビが動いた。死んでいるわけではなかったのだ。ヘビを畑の外に出した。動きは鈍く、死んではいないが弱っているようだ。元気ならにょろにょろ這ってどこかへ逃げるだろうに、私に出された場所で動かなくなってしまった。私はそのまま作業をつづけ、一時間ぐらいしてからまたそこに行ってみた。ヘビはそのままで腹の一部が何かを飲み込んでいるのだろう、ぽっこり膨らんで、太陽の光にてらてら光っている。太陽の光に晒されたままでは、干からびて完全に死んでしまうかもしれない。私は作業で抜いた根っこつきの草を、ヘビの腹や身体が隠れるようにかぶせてやった。
動物にも人間にも自然治癒力が備わっている。人間は薬を飲んだり手術をしたりして病気を治す方法を持っているが、動物は自然治癒力に頼るしかないといってもいい。
我が家の犬も猫も何らかの原因で体の具合が悪くなると、例えば食欲がなくなって元気がないというときはひたすら蹲ってじっとしている。そして、自然に食欲が出元気になるのを待つのである。すると、一日二日たち三日もすると徐々に食べるようになり、元の元気を取り戻すのだ。
畑に行ってヘビがいるあたりを通るとき何度かどうしているか確かめた。すると、二日たったときヘビの姿がなかった。ヘビもうちの犬猫のように私がかぶせてやった草の陰でひたすら体力が戻るのを待っていたのだろう。シマヘビは田んぼや畑のカエルやモグラや虫などを食べて生きているのだ。人間は蛇というと目の敵にするが、農家にとっては有難い生き物なのである。私はシマヘビが生き返ったらしいことにホッとするものをかんじ、ヘビがじっとしていたあたりを見回してから畑の作業にかかったものである。
ヘビなど半年ぐらいは見なかったのに五月に入ってから目にするようになり、復活したシマヘビを合図のように立て続けに蛇にお目にかかるようになった。
サツマイモを育てるのにマルチと呼んでいるのだが、黒いビニルを土にかぶせる。これは草が生えるのを防ぐためのものである。しかし、雑草の繁殖力は凄まじく、ビニルが古くなってもろくなって少しでも穴が開こうものなら、そこから頭を出し繁殖するのである。その畑はビニルを惜しんで古いものを使ったものだから、穴が一杯あったらしく、雑草の繁殖が甚だしく、まるで荒れ地のようになっていた。こうなるとビニルなど張らなかった方がよかったとおもえるぐらいである。なぜかというと、ビニルを張ったままでは耕運機で耕せないから、張ったビニルを取らなければならない。ビニルをはぎ取ろうにも雑草の根がはびこっているので破れてしまう。だから、雑草を抜いたり、土を剥いだり、破れたビニルを草の根からはぎ取ったりと、ひどく手間のかかる作業になってしまった。
その作業の最中ビニルを剥いだとき、ヘビがとぐろを巻いていた。私は吃驚して声をあげてしまったが、ヘビも驚いたようだ。温かいビニルの中で冬眠していたのか、あわてて身を起こして、穴の中に潜り込んでいった。長さ一メートル弱ぐらい、復活シマヘビよりもやや小ぶりのシマヘビだった。一、二秒で尻尾まで見えなくなった。
それから次の畑でも、マルチの下に長さ五十センチぐらいのシマヘビが潜んでいた。この日は一日で二匹のシマヘビにお目にかかったことになる。
マルチを剥がすために雑草の根や土との格闘を終え、耕運機を持ってきて、そこを耕し始めた。すると例のカラスがどこからともなくやってきて、いつものように耕運機が掘り起こした土を突っつき始めた。私が使っている耕運機はミニ耕耘機で小さい。小回りは効くのだが、馬力がない。土をより深く掘り起こすため、私は取っ手に乗りかかるようにしながら運転するのだ。と、何か微かな異変をかんじた。耕運機の下の、私の足元にヘビが姿を現し、ぐにゃぐにゃ身もだえしている。やってしまったか、と心がチクリと痛むがどうにもならない。耕運機のスクリューが土の中にいたヘビを掘り起こしてしまったのである。耕運機のスクリューはいわば鋭い刃物である。まともに蛇の体に当たったとしたら、体は真っ二つに裂けてしまうだろう。通り過ぎて振り返って見ると、ぐにゃぐにゃしていたヘビはすぐに土の中に潜り込んでいく。しかし、尻尾が十センチぐらい出た状態で動かなくなり、その尻尾がピクピク小刻みに震えている。耕運機のスクリューにまともには当たらなかったが、体のどこかをかすめたかして傷を負ったに違いない。
悪い予感がよぎる。カラスがヘビに気づかないか。私は耕耘機を止めた。そして見ていると、案の定、カラスがふるえているヘビの尻尾の方に行った。私はまずいことになったな、とおもいながら見ていた。ヘビは傷ついて体を痙攣させているぐらいだからカラスに食べられてしまうかもしれない。憐れだとおもうが動物の世界は弱肉強食だからどうにもならないとおもう。
カラスがヘビの尻尾を咥えて引っ張る。カラスは人間と同じように足を踏ん張っている。五センチぐらい引っ張りだされてしまったが、何とか堪えたらしく、それ以上は蛇の体は姿を現さない。カラスは気を取り直してもう一度引っ張ろうとする。しかし、動かない。カラスは二度三度と引っ張るが、ヘビは必死に耐えているようだ。そのうちにカラスはダメだとおもったか、飽きてしまったのか、咥えていたヘビの尻尾を離した。すると、ヘビの尻尾がするすると土の中に入っていく。カラスは諦めたらしく、そこから離れ飛んでいってしまった。ヘビは最後の力を振り絞ったのだろう。私はホッとしたものをかんじながら、ヘビが潜った土のあたりをあらためて眺めた。
そして、また畑を耕す作業に戻った。