水洗トイレを自作した

ひょんなきっかけからキャンプ場を開くこととなった。

 ひょんなきっかけとは、農家民宿である我が柿農園を宿泊紹介サイトに登録したところ、インターネットのYahooやMSNなどのニュースサイトの広告欄に我が柿農園がときに載ることがあって、そのときサンタヒルズという同じ那珂川町にあるキャンプ場が同時に表示されることがあったのである。

 何度か表示されてから、以前一度だけそのサンタヒルズの喫茶室を訪れたことを思い出した。

我が家の周辺にはコンビニもなければスーパーもない。私は現役時代は東京で小学校教員をしていたのだが、勤めの帰りには喫茶店に寄り、コーヒーを飲みながら小説を書くのを日課としていた。そんな話をすると相方がサンタヒルズには喫茶室があって宿泊しなくとも入れるわよ、という。それでそこをのぞいてみる気になったのだった。同じ町内でもそこまでは遠く、また我が家以上に辺鄙な場所で、小説を書くのにふさわしい喫茶室のようには感じられなかったので、二度と訪れることはなかった。

私はサンタヒルズのホームページを紐解くことにした。

見ると、コテージ、バンガロー、キャンプ場などがあって、かなり大きな施設であることが分かった。

キャンプ場は25区画あって、夏場の土日曜日の予約は満杯状態である。ふと、我が柿農園の丘の上をキャンプ場にしたらどうだろう、というおもいが閃いた。サンタヒルズは我が柿農園と周辺は田畑や山林ばかりというのは同じだが、サンタヒルズが平坦な山林の中にあるのに比べて、我が柿農園には丘があって、その丘の上が平坦で、そこからは田園風景が見下ろせるのである。これはサンタヒルズ以上にキャンプ地に向いているのではないか、とおもったのである。

かくて農園内にキャンプ場を開設することに決めたのだが、その辺のいきさつは「キャンプ場経営を思いついた」に詳しく記述してあるので繰り返しません。

さて、ここではキャンプ場に自作で水洗トイレを設置することにしたいきさつを綴りたい。
キャンプ場の開設を決めてホームページに載せたところ、間もなく福島県から下見に来た人があって、トイレはレンタルトイレを設置するつもりだというと、曰く、

――仮設トイレですか、あれは汚くて臭いがするので、殊に女性の方に嫌がられますよ、水洗じゃないと・・・

 確かに私も仮設トイレに何度か入ったことがあるが、不潔さと臭いに辟易した記憶がある。かといって、水洗トイレ設置となると、費用が相当に嵩むだろう。

 ネットで調べてみると仮設トイレのレンタルなら四ヶ月で4万円で済むが、水洗トイレとなると、合併浄化槽だけで5人槽15~20万円とある。一坪の建物を建てて30~50万円、トイレの便器や洗浄便座だけでも10万円はする。あわせると安く見積もっても70万円ぐらいはかかってしまう。

 いろいろ検討した結果、水洗トイレを建物を含めて自作で建立することに決めたのである。

 というのは、我が家には杉林があって、その杉材を使って自分で建物を建てれば安価に仕上げられる、ということが大きな決め手となった。そのとき私の頭にあったのは、10万円前後で収めるということだった。

 合併浄化槽は高価なので浄化して下水に流すのではなく、自然浸透式にする。

自然浸透について何らかの規制があるか調べてみると、私が生まれた那須塩原市の条例では、

処理装置と他の施設等の外周間の距離は次のとおりとすること。

• 隣地境界まで1メートル以上
• 建築物まで1メートル以上
• 井戸その他の水源まで水平距離30メートル以上

とある。

 私がトイレを設置しようとしている場所は、隣地と100mはあるし、我が家の母屋とは測ってみたら70mぐらい。町営の水道を引いているので井戸はない。他の水源もない。

ということで、自然浸透式トイレの設置には何の問題もないことが分かった。

自然浸透式にするにしても、汚水をよりクリーンに処理して地に戻したいということで、キャンプ場までの道を造成したとき、頼んだ業者に重機で1m四方深さ1.5mぐらいの穴を二つ掘ってもらった。この二つの穴をコンクリートで固めて水槽にし、バクテリアを培養し、そこを通してある程度浄化して、自然浸透させるという作戦を考えた。

しかし、ある知人と話している過程で、コンクリートは水が染み通ってしまうということが分かった。その知人がホームセンターに行けば大きなタンクを売っているから、それを使ったら、という。

ネットで検索して、500リットル1万3千円というのを探しだした。この二つを掘ってある穴に埋設するつもりだったが、このタンクは農業用のもので地中に埋設は出来ないとあった。

そこで穴に入れるだけで周囲をブロックで保護して使用することにした。結果的には500リットルタンクを三つ取り寄せた。一つ目は汚水を貯める、二つ目はエアーポンプで空気を送りバクテリアを培養して浄化する、三つめは触媒を入れて二つ目とは違ったバクテリアを培養して、更に浄化する、そして、それを地下に浸透させる。という方針をたてた。場合によっては、業者に汲み取ってもらうことも可能な作りにしたのである。

水洗トイレは便器、洗浄便座のセットをネットで最安値3万9千円というのをみつけた。メーカーものの三分の一以下の値段である。これでちゃんと作動するのか一抹の不安を覚えたが、レビューを読むと安いがきちんと働くというようなことが何件も書いてあったので購入を決めた。

運送の過程で便器が割れてしまうというハプニングがあったが、間もなく代替品が届いたのでホッとした。

水道接続も問題なく出来、試してみると便器の水流も不具合がなく、洗浄便座も良好に作動する。いくら最安値の水洗トイレセットでもきちんと動作することを確認した。

と書くと簡単だったとおもわれるかもしれないが、私はトイレ設置など知識もなければ経験もないすぶの素人である。手探りで、三ヶ月余かかってやっと完成したというのが本当のところだった。一番不安だったのは床下の配管である。床下といっても建物も立てるのだから、建物の土台作りのときから配管も考慮に入れた。水道管を引いてもらうとき、トイレの配管の大体の場所も決めた。

しかし、建物の土台を組み立てた後が悪戦苦闘の連続だった。というのは土台が低く、その下に入ることは出来ないので、床を張る前に配管を済まさなければならない。配管を済ませてから便器を取り付けたものの便器と床下のVU管との接続が上手くいかない。便器が床から5cmぐらい浮いてしまうのだ。ここで、便器とVU管の接続の部品が合わないのは、要するに運送中に割れた便器の代替品として送られてきた便器が当初のものと別物だったということが分かったのである。

それに合う接続の部品を取り寄せるとなると、一二週間はかかってしまうだろう。便器の構造を子細に点検し、VU管とVU管を連結する部品なら便器の下部の放出口にピッタリ嵌ることが分かった。これで便器の放出口とVU管を連結させることにした。嵌め込むだけでは外れてしまうおそれがある。外れたりゆるんだりすれば、悪臭の原因となりかねない。接続部分に丹念に接着剤を塗りこんだ。それから、VU管は30cm下から汚水タンクに向かって湾曲するのだが、この部分にコンクリート片をあてがい土で埋めてしっかり固定した。これで便器の放出口とVU管の接続部分が外れることはないだろう。

こうして一番不安だった床下の汚水排水の配管もなんとかクリアした。VU管と500リットルタンクの接続もドリルで穴を開けて接着剤で固定出来た。床とタンクの穴はホームセンターで買ったドリルを使った。ドリルでの穴開けも初体験だったが、失敗することなくクリアした。

ここで最も気をつけなければならなかったのは高低差かもしれない。便器よりもタンクが高かったら汚水は流れない。途中のVU管もだんだん低くなっていかなければならない。これは目分量では分かりずらい。相方の亡くなった旦那さんは大工だったので、水平という高低差を測る器具が倉庫に眠っていた。この水平を置けば高低差が一目瞭然である。シンプルな作りの器具で、水玉が上がった方が高く、そうでない方が低いというものなのだ。幸いトイレの設置場所は丘の中腹なので、高低差がはっきりしていてやりやすかった。

さて、同時進行で進めたのが1.5坪の建物の建設である。トイレは畳一枚の広さ、つまり0.5坪があれば出来るのだが、屋根の関係で畳3枚の大きさにした。

畳一枚の建坪では建物が安定しないだろうと考えた。背の高い人もいるのだから、高さは2mはないといけない。最終的には屋根にのぼってトタン板を張らなければならない。屋根が小さくては安定しないに違いない。なにせ私は素人で、バラック小屋は建てたことはあるが、きちんとした建物は初めてである。

結果的に屋根の高さは2m10cmとなった。トタン板を張るとき、初めは屋根に上らず北側から脚立で上半身だけ出して張っていったのだが、半分までいったとき、どうしても屋根の骨組みの上にのぼってやらなければならなくなった。しかし、怖くて上れない。梯子から手を離して屋根に移るとき、周りに手で掴むところがないので、恐怖にかられてしまうのである。

見かねた相方が靴じゃダメよ。屋根に上るなら地下足袋がいいわ、という。地下足袋を買ってきて、梯子をのぼって屋根に這い上がろうとするが、やはり怖くてダメなのだ。建物自体は直径20cmぐらいの杉の丸太を土台として敷き、柱も同じ太さのものにし、建物がぐらつかないように、要所に太く大きな鉄の斜交いを打ち込んだ。その上、北、西、南各壁面に斜めに直径10cmぐらいの杉の丸太を斜交いとして釘で打ち付けたのだ。だから建物はびくともしない。しかし、恐怖感はどうにもならないのである。上に上がってしまえば平気なのだろうが、どうしたものか思案した。見ると、建物の西側近くに山法師という植木が立っている。

植木といっても高さ10mぐらいはある。それに上って屋根に移れないか。やってみたが、建物はびくともしないが、斜めに傾いている山法師は私の体重で余計に傾いでしまう。とても乗り移るどころではない。

 次に試したのは、脚立をその山法師に立てかけ縛り付けて、その脚立から屋根に乗り移るという作戦だった。これが簡単に成功したのは、脚立の一番上に乗ったとき山法師の幹を手で掴んでいられたからである。これで恐怖を覚えることなく、脚立の上に立って、またいで楽々と屋根に乗り移ることが出来たのだった。私は嬉しくて内心で、ヤッター! と叫んでしまったぐらいである。

 壁面は合板のベニヤ板を張った。これで周りに茶色のペンキを塗って終わりにするつもりだったのだが、

――どうせここまでやったのだから、丸太を生かしてログハウス風にしたらどうかしら

 と相方がいう。

 自分で使うだけなら、バラック小屋風でも構わないが、対象がお客さんだから、気合を入れて相方の考えを受け入れることにした。

 柱や屋根の骨格には杉材を使ったのだが、杉を伐採して杉皮を剥かなければならなかった。そうしないと数年で虫食まれてしまうという。これは大変な作業で、時間もかかった。外壁には虫食まれにくい、見た目もいい堅木である楓を使うことに決めた。というのは昨年の夏の台風で倒れた木があったからである。我が家の楓林の楓は公園などで見かける楓とは違って、すらりと高い。相方によると50年以上前にそこを植木屋に貸したときに植木屋が苗を植えたのだが、あまり売れずに残っていたものだという。植木屋から返されて以来そこは荒れ放題で、人が足を踏み入れたことがない場所だった。3年前、あるきっかけがあって二人でそこに行ってみて、楓の巨木が100本ぐらいある壮観に驚いたものである。その後、私が周囲を刈り払い機で篠や笹をきれいに刈ってそこに入れるようにした。その作業に10日ぐらいかかったと記憶している。

 そのうちの7、8本、それも高さ30m以上ある大木が根こそぎ台風の突風に煽られて倒れてしまったのである。周りの楓をへし折ったりして、折り重なって倒れている。そのうちの一番大きな楓は倒れたとき私の背よりも高く根が地からむき出てしまった。突風のすざましさを彷彿とさせる無残な光景である。片付けようかとおもうが、私の背丈よりも高く折り重なっているし、しなっている木もある。どこかを切ったとすると崩れて下敷きになりかねない。しなっている木に弾き飛ばされる危険もある。当分はそのままにして様子を見ることにした。その木を使おうかと考えたのだ。しかし、子細に観察すると、どこから手をつけても危険なことは明らかだった。枯れてしまうまで待つ他はない。

 結局、別の立て込んで立っている細い楓を間伐して使うことにしたのだが、それは正解だった。というのは、細いと言っても私の大腿ぐらいの太さはあり、2mの長さに切っても、一輪車で運ぶのに二本がやっとぐらいの重さがあるのだった。倒れている楓はその2、3倍の太さがあるのだから、切ったとしても運ぶことなど出来なかった。

 切っては運び切っては運びした楓を、建物の壁面に横に下から順番に打ち付けていった。

打ち付けるだけでは殺風景なので入り口の扉の近くに、私なりの飾りをつけた。丸太と丸太の間をくり抜いて、短い丸太を挟むことを屋根の下まで続けたのである。この作業はまる二日かかった。

 農業用貯水タンクを三つも買ったり、床材はちょっといいものを使った。それに、釘やネジ類などが予想以上にかかり、10万円とはいかなかったが、総工費は20万円以内で収まったのだから、まずまずとおもっている。

これで一応の完成としたのだが、

――バラック小屋よりは、少しはログハウス風のトイレになったかなァ

と、自分で悦に入っている次第である。

春先の農業は畑を耕したり種蒔きの準備でやることは限りなくあり、その合間を縫っての作業だったので、たった1.5坪のトイレ作りに三ヶ月かかってしまったのだった。

ところで、お客さんの当園内での万が一の事故やケガにそなえて、東京海上日動火災保険KKのキャンプ場保険に加入することにした。電話すると、担当者が、

――入場者数によって保険加入の金額が決まるのですが、新規開設でまだ実績がないので、見込みで年間1000人にしときますね

という。

――えっ、そんなに

と驚いてしまった。

しかし、

――それがキャンプ場保険の裁定基準の最低の人数なんです

へえ、とおもったが、言われた意味が間もなく分かった。

我が柿農園キャンプ場の、間もなく始まる5月の連休中の予約が開設後ほどないにもかかわらず、4月15日現在で大人子供含めて100人に近い数字なのである。連泊される方もいるので、延べ人数にすればとうに100人は越えているのだった。出来たばかりでまだ知名度が低いのにこの数字なのだから、夏場はもっと増えるだろうし、世に知れ渡れば、来年再来年になれば、年間1000人ぐらいはいくのかもしれない、とおもえてきた。

現在のところはオートサイト16区画だけに設定してあるのだが、丘の上は広く、雑木林を間伐して整備すれば、区画数をもっと増やすことが出来そうなのだ。夏までにフリーサイトを5~10区画増設しよう、という気になった。

保険の担当者の言葉に発奮して、入場者年間1000人あるいはそれ以上を目指して、キャンプ場の整備に尽力しようと、あらためて決意した。

2019年04月16日