我が家の作物づくり


 我が家では約40種類の作物を作っている。

米――コシヒカリ

野菜――ジャガイモ、サツマイモ、里芋、山芋、長ネギ、玉葱、ニンジン、ゴボウ、ナス、キュウリ、トマト、ミニトマト、ピーマン、シシトウ、唐辛子、大根、二十日大根、ブロッコリー、白菜、キャベツ、ニンニク、ニラ、パセリ、水菜、ホウレンソウ、カボチャ、スイカ、トウモロコシ、からし菜、小松菜、ウリ、チャヨーテ、ズッキーニ、タケノコ、カリフラワー、サヤエンドウ、南京豆、アズキ、枝豆、レタス、落花生、イチゴ、アスパラガス、ゴーヤ・・・などなど

果物――柿、梅、桃、プラム、梨、プルーン、リンゴ、マスクメロン、柚子

 と書きだしてみると、40種類どころか、50種類以上もあるではないか。こんなに作っていたんだと、改めて驚きをかんじる。

 このうち特に多く作っているのは、ジャガイモ、サツマイモ、里芋、柿、タケノコ、などである。

 ジャガイモは肉じゃがとかカレーライスとかによく使うので多くつくるのだが、毎年余ってしまう。サツマイモは私が好きで、今年は苗を2千本ぐらい植えたが、多分足りないとおもう。民宿やキャンプのお客さんに掘って貰ったこともあるが、乾燥芋にして農産物直売所に出すし、人にも大分進呈してしまった。来春前にはなくなって、おそらく買って食べることになるに違いない。里芋はそれほど食べないのだが、毎年多く作って余らせてしまうのである。

 柿は100本余あるが今年は異常気象のせいか多くが落ちてしまったが、本数が多いだけにそれなりにある。しかし、注文の予約が入っているので、去年のようには干し柿が作れないかもしれない。

 タケノコは竹藪が年々広がっているので、今年は相当数が出たのだが、来年も期待出来そうである。キャンプのお客さんが5月の連休毎日20組入っても大丈夫かもしれない。

 ところで首都圏在住のある知人がこんなことを言った。

――わたしは都会の人は農家の人と友達になっておくべきだとおもうわ

 どうして、と問うと、

――地震などの災害があったときや戦争が起こったときなど、都会では食料不足になるでしょう、そうなったときに農家の人に食べ物を融通してもらえるでしょうよ、もしそうした「つて」が全然なかったら、飢えてしまうじゃない

 なるほどとおもったが、我が家の生産量でどの程度の人の食料をまかなえるか考えてみた。継続的なら10人ぐらいか。短期的に、1週間とか10日なら、その倍の20人ぐらいか。

 農業を営む者のメリットとはなんなのか、改めて考えてみた。

 まず挙げられるのは、自分で作っているので、野菜など好きなだけふんだんに食べられるということである。例えば都会に住んでいたときには予算を考えてネギなど1、2本しか買わなかったが、今は一時に10本ぐらい抜いてきて、気にすることなく料理に使い、余れば捨ててしまう。そんな風だから、ざっと振り返ってみて、都会にいたときと比べると3倍ぐらいの量の野菜を食べているとおもう。

 また自分で作るのだから化学肥料を使わず、堆肥や有機肥料などで栄養価の高い作物を作ることができるし、そういう作物は美味しいのである。人の身体に害になる消毒剤や殺虫剤もあまり使わない。但し、葉物の白菜やキャベツなどは少量だけ使う。というのは芽が出てすぐのころは使わざるを得ないのだ。どうしてか。育つ前に虫に食われてぼん坊主になってしまう。要するに、食いつくされてなくなってしまうからである。人の身体に全く影響のないぐらいな最低限の消毒が必要な作物もあるということで、例えば大量に作るサツマイモは一度として消毒も殺虫剤もかけたことはない。ジャガイモも同じである。

 ネギはアブラムシがつきやすいのだが、ネギ農家のそばを通るとネギを買って食べる気がしなくなってしまう。それこそ大量の消毒液をネギに直接散布している光景を何度も目の当たりにしたからだ。聞くと、その農家の人はその売りに出すネギは食べず、自分は消毒剤をかけない別の曲がった貧弱なネギを食べているのだという。

 消毒剤をかけたネギは虫がつかないから、真っすくな見た目にはきれいなネギに育つのである。出荷農家にすれば見た目にきれいなネギしか売れないから、消毒剤をたっぷりかけざるをえない面もあるわけである。まあ、人の身体に害を与える量の消毒液はかけてはいないのだろうが、見た目にはあんなにかけていいのだろうかと心配不安になってしまう量なことは事実である。

 要するに、自分で作っているということは、身体の健康を考慮に入れて作物作りが出来るということである。
 
 次に言えることは、自分で作れば世の経済動向に影響を受けることはほとんどないことである。作物の値段は需要と供給の関係で、場合によっては乱高下する。例えば台風や気象異常などで作物の供給量が減れば、値段は高くなる。逆に天気がよくて収穫量が増えれば、値段は下がる。

 我が家は肉や魚介類は買うが、他は自身で賄える。高齢に入っているので肉や魚はほんの少ししか食べない。たとえそれらが値上がりしたところで家計への打撃はわずかである。

 東北大震災のとき私は母屋の2階にいたのだが、激しい揺れのためにピアノが左右に動き出したので、危険を感じ階段の上から下を見下ろす場所に逃げた。

 外を見ると、前の山の凹んだあたりから白い煙のようなものがどっと空に舞い上がるのが見えた。私はそのとき山が裂けたかのように目に映った。後でそれは地が揺れたため杉の花粉が大量に落ちて舞い上がったのだということが分かったのだったが。

 数時間後連絡が取れなかった相方が宇都宮からやっとのことで戻ってきた。途中で屋根が崩れていたり、墓石が倒れているのも多数見たという。

――うちは大丈夫かしら

 開口一番心配そうに言うので、家の周りを点検した。屋根瓦は落ちていないし、壁も大丈夫なようだった。母屋も離れも壊れているところはなかった。次の日墓石も確認したが倒れてはいなかった。要するに我が家に被害は確認できなかった。被害といえばいええるのは、母屋の玄関の靴箱が倒れたことだが、これは私が相方が帰宅する前に立てなおしてしまった。あと道路わきのブロック塀が少し壊れたが、これは軽微なもので修理できた。

 我が家の敷地は丘の麓にあるのだが、下が岩盤か何かで強固なのだろうとおもわれる。母屋は純日本風のしっかりした骨組みだし、離れも土台のコンクリートが頑丈な造りなので安定している。物凄い揺れだったのに被害がなかった由縁である。

 丘の麓といっても高台だから台風による水害はない。畑は斜面にあるので水はけがいいし、当然水害もない。数十年前に土砂崩れがあって、納屋が潰されたという被害を受けたが、そのときにおりた保険金で家の裏手の斜面の砂防工事をしたのだという。これは斜面の土が水を貯め込まないようにする工事で、雨が降るとすぐに染み込んだ水を排出してしまうようになっているのだ。だから、雨が降るとじきに幾つもある配管から水が流れ始めるのである。

 ということで、我が農園は当分は台風大雨地震などがあったとしても、大きな被害を受ける可能性は低いのかもしれない。

 まあ、これまでを振り返ってみると、何が起こるか分からないのが人生ではあるが、こと食べること、食生活に限っていうと、安心して作物づくりが出来るし、世の経済や政治の変動の影響もあまり受けることなく、今後とも安心して安定的な生活が営めそうである。

2019年11月15日