世界展開

 つい先日のこと、朝六時に起床しパソコンのメールを確認すると、宿泊仲介サイトVacation STAYに予約が入っていることが分かった。

 これまで登録していた仲介サイト「楽天トラベル」と「るるぶトラベル」は電話のFAXで入るのでそんなにパソコンを確認する必要はなかったのだが、Vacation STAYはFAXではなくメールなので、一日数度はパソコンを確認しなければならない。Vacation STAYは出来たばかりのサイトであり、順次世界中の主要サイトと提携し、掲載されるというので、世界サイトを検索しながらいつ我が柿農園がそれらに現れるのか楽しみにしていたのである。

 Vacation STAYには、まずは日本の楽天の会員から予約が入るでしょう、それから外国人も入るようになるはずですが、断言はできない、というようなことが記述されていた。

 いつ予約が入るか分からないのだから、絶えずパソコンを確認していたのである。

 それで欧米で展開しているbooking.comというサイトに掲載されたのが約一週間前のこと、英文の説明があって、現在翻訳作業中なので更新までしばらくお待ちください、とあった。表題に我が柿農園は「別荘」とされているではないか。フフ、別荘か、とおもわず含み笑いしてしまったが、しかし、我が柿農園の母屋は純日本古民家風の風格を漂わせているのは確かだから、翻訳者が日本の田舎の「別荘」と判断したのも無理からぬことであると納得した。翻訳作業中なのだから、予約が入るとしても更新されてしばらくしてからのことだろうと予想していた。しかし、予約メールをよく見ると楽天ではなく、booking.com経由での予約なのだった。おおっ、世界展開の端緒かな、と感慨があった。

 しかも、その日のうちにチェックインとある。あらら、と少々あわてたが、考えてみると「インスタントブッキング」として登録したのだから、当日の予約が入ることも承知の上だったのである。予約者の氏名を確かめると、「chon Sse Ju 」とある。人数は大人五名。一泊。料金は手数料込みで三万四千円余。手数料を差し引いて約三万円が我が家の収入となるわけだから、条件はいいのだ。ただ、欧米が主とはいえ世界展開の予約サイトである。氏名だけでは、どこの国の人なのか分からない。不安感が芽生えたが、深呼吸して気持ちを落ち着け、とりあえず相方に知らせることにした。

 案の定、相方はいろいろな角度から覚えた不安を口にした。

――大丈夫、私が全て対応するから安心して

 といい、私はそれ以上何も言わないことにした。不安を煽ることになりかねないから。

 日本人であれ外国人であれ、化け物じゃない、同じ人間である。たとえ言葉が通じなくともどうにかなる、と私は常日頃おもっている。

 予約メールにあるゲスト(お客さん)のメールアドレスに、

――ご予約ありがとうございます。お待ちしております。何時ごろこちらにお出でになりますか、教えていただけると幸いです

 と送信した。すると、英語で返信が来た。英語が堪能ではない私にはよく分からない。ちょっと泡食ったが、普段Googleの翻訳サイトを利用していたので、その英文をコピーしてそこで日本語に翻訳してもらうことにした。

――星の観察が目的で、会場を出るのが夜の九時頃なので、ホテルに着くのは十一時になります

 と訳された。

 遅いが、食事は朝食のみの登録なので、夕食は出さなくてよい。何ら問題はないとおもい、折り返し、

――了解しました。暗い中、お気をつけてお出でください。お待ちしております

 と、送信した。

 Vacation STAYに登録したのが八月末、それで予約が十一月初めだから、約二ヶ月で初予約が入ったことになる。出来たばかりのサイトに登録し、しかも別のサイトとの連携でその別のサイト経由で予約が入ったのである。世界展開の風に乗る上々のすべり出しのような気がする。私は内心で一人密かに万歳を叫んで、お祝いをした。そして、ありがとう、と口の中で呟いた。

 ところで十一月は、第一週を除いた週末は全て予約が入っていた。つまり第一週のみが空きだったのだ。私は相方に何度も、そのうちそこにも予約が入る予感がしているんだと言っていたのである。しかし、日を重ねて前日になっても入らないので、予感は外れたなあ、と半ば落胆していたのだった。それが意外や意外、当日入ったのだから、あっ、やっぱり予感は当たったんだと自分でも驚いたものである。

――あなたって、信念が強いのねえ、きっと予約が入るような気がするって何度も言ってい

たものね、凄いわ

 と、相方が言った。

 この二年ぐらい人生哲学を学び、

――人はおもい描いた通りの人生を歩む

 とおもっていた。

 我が柿農園を世界展開させるという目標をたて、世界展開のサイトに登録したのだが、そのおもいの通り外国のお客さんが入った。第一週の週末にも予約が入るとおもい描いていたところ、やはり当日予約が入った。人生という大袈裟なものではなく、ほんの小さなことに過ぎないかもしれないが、おもい描いた通りになりつつあるのは事実だろう。

 そうこうしているうちに、午後になってVacation STAYのサポートセンターから電話が入った。直前予約が入っているが、大丈夫ですか、と言う。若い女性の声である。登録後初めての予約で、サポートセンターとしても受け入れ側の様子を確かめたかったのだろう。

――ゲスト(客)様に、そちらに電話するように言っていいですか

 という。

――どこの国の方ですか

――分かりません

――言葉が通じればいいんですが、通じなかったらどうしましょう、電話じゃ身振り手ぶりもできないし・・・

――・・・・・・・。

 私はGooglの翻訳サイトを思い出し、

――メールでのやり取りでいいですか、その方がいいのですが

――そうですか、中国の簡体とありますし、名前の感じでは、多分中国か香港、台湾の方だとおもいますが・・・。それで、国籍は日本とあるんですよ

――ふーん、日本国籍? ・・・ともかくメールでやりとりしてみます

――じゃ、対応をお願いします

 夜になって、Vacation STAYの担当者との電話でのやりとりを相方に話すと、彼女の中で不安感が一気に増大したようだった。

――どこの国の人か分からないなんて、ちゃんと聞いたの

――サポートセンターの女の子だって、分からないんだよ

――何だか、嫌だわ。ほんとに来るのかしら、あなた言葉が通じなかったら、どうするの

――大丈夫だよ、言葉なんか通じなくたってどうにかなるさ、これまでだって平気だったじゃないか

――わたし何だか、気味が悪くなってきたわ

 姿の見えない、見ず知らずのしかも外国人ということで、何か得体の知れなさが、疑心暗鬼を呼び込んでしまうのだ。相方の気持ちが分からないわけではない。私は気持ちを落ち着かせようとして、

――別に魑魅魍魎が来るわけじゃあるまいし、気味悪いなんて、あなたは今日は朝から仕事しっぱなしで疲れているんだから、もう横になったら。寝てもいいよ、夕食は出さないんだから、私が対応するから

 彼女は手掛けているアロエベラジュースのネットワーク関係の仲間が次の日に大勢来ることになっていたので、前の日から準備をしていたのである。そこに急遽宿泊予約が入って、二つのことが重なったことになり、多少パニクリ気味だったのだ。私の言葉で少し安心したようで、

――まさか、挨拶ぐらいはしないと。来るまで、ソファで横になってるわ

 と言う。

 八時になって、私はともかく電話してみよう、とおもい、ゲストの電話番号を確かめた。+81 70 1672 6652とある。これが分からない。外国に電話したことなどないのだから。ただ、以前一度だけ同様の番号に電話した時つながらず、ネットで検索して、+81を取って、「0」を付けてダイアルしたところ繋がったことをおもいだした。

 そこにまたVacation STAYからメールが入った。

――ホテルに向かっているが、正しい住所を教えてください、とメールが来たので対応してください

 私はすぐに住所をゲスト宛てに送信した。

 時間が過ぎ十時になったので、070 1672 6652に電話した。

――もしもし、柿農園と申します、今どこにいますか

 なにやら話し声がし、やがて、若い女性の声で、

――遅くなってごめんなさい

 という。明らかに日本人ではないイントネーション、片言ではあるが、日本語である。

――いえいえ、大丈夫ですよ

――あと二十五分で着きます、よ、ろし、く、ね

 どうやら日本語が分かる人のようで、ホッとする。車で我が柿農園に向かっているようだ。そばで聞いていた相方も、

――女の人の声よね

 安心したように言う。

――そう、若いひとだよ、日本語わかるみたいだ。二十五分ぐらいで来るって

――ああ、よかった、女の人たちなのね、じゃ、わたしお茶の用意をするわ

 そう言って、立ち上がる。

 十時半、暗闇の中、白い車が到着し、私は懐中電灯で駐車場に誘導した。車から降り立ったのは、女性三名、男性二名、の二十歳前後とおぼしき若者たちだった。

――大学生ですか

 と聞くと、

――いや、日本語学校の学生です

 皆ニコニコしていて明るく感じのいい若者たちである。「案ずるより産むがやすし」である。疑心暗鬼になる必要などさらさらなかったのだ。

 いろいろ聞くと、台湾から日本語を学びに来、半年から一年になる。日光に観光に来たのだが、ホテルや旅館はどこも満室で困っていた。遠いがたまたま空いていた我が柿農園を検索して予約を入れたのだった。当日急遽予約が入ったわけがこれで分かった。

 話しているうちに、お互いにすぐに打ち解けて、デザイナー、ホテルマン、警察官など志望しているとまで教えてくれる、気持ちのいい若者たちで、二十歳前後に見えたが、実際は二十七、八才で、出来れば日本に永住したいのだという。

 つい一時間前までは不安に駆られていた相方は若者たちに接するや、弁舌さわやかに振る舞い、たちまち若者たちを魅了した。親身になって世話をし、心のこもった話をするので、お客さんは相方の人柄に引き込まれてしまうのだ。いつものことだった。

――台湾にいるオモニを思い出すわ

 とか、

――ここに来られて本当によかった

 と言われて、相方は嬉しそうに頬笑んでいる。

そういえばこれまで我が柿農園に宿泊した台湾やベトナムの若い人は、日本に憧れを抱いている場合が多かったような気がする。

 ともあれ、我が柿農園の世界展開の幕は切って落とされたことは確実なようである。

 脳裏をかすめるものがあって、booking.comの我が柿農園のページを再度開いてみた。表題が気になったのだ。別荘Kakinouen/Vacation STAY 3939と大きく表記されている。気になったのは数字で、どこかで見たことがあると感じたのである。そして、すぐに、そうだ、我が家の車のナンバーと同じだと気がついた。

 車のナンバーを取ったのは相方で、39すなわちサンキュー(ありがとう)をダブらせて3939、要するに感謝を強調する意味を込めて取った数字なのだった。39はゴロも響きもいいので、私もパスワードなどの数字部分に使っていた。Sakazuki39といった具合に。

 Vacation STAYの担当者は我が家の車のナンバーなど知るよしもないだろうから、単なる偶然なのだろう。しかし、私には哲学者ユングがいうところの「意味のある偶然の一致」「共時性」におもえたのである。海外の仲介サイトに縁起のいい我が家の車のナンバーと同じ数字がついたのだ。これはきっと多くの海外のお客さんの目に留まるに違いない。

間もなく世界的に展開されているアメリカの仲介サイトAirbnbにも登録されることになっている。

外国のサイトから多くの予約が入る予兆ではないか――。そう私はおもった。

2018年11月20日